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しょちゅう
渓流の音が遠く聞ゆるけれど、二人の耳には入らない。
甲の心は
書中に奪われ、
乙は何事か深く
思考に沈んでいる。
突然私の実家から手紙で、
従兄が死んだことを知らして来た、
書中にある死んだ日や刻限が、
恰度私が
活けた夏菊の
萎れた時に符合するので、
未だに自分は不思議の感に
堪えぬのである。
そうしてその
考えはただ一
瞬間にして
消えた。
昨日読んだ
書中の
美しい
鹿の
群が、
自分の
側を
通って
行ったように
彼には
見えた。こんどは
農婦が
手に
書留の
郵便を
持って、それを
自分に
突出した。