早過はやすぎ)” の例文
日本歴史の誇とする元祿の文明が戰國時代の後百年ならずして起つたやうに、明治の時代はいつになつたら獨特の文明を發揮するのであらう。今から絶望するには早過はやすぎるかも知れぬ。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
きせたる奴はお前も知ての藪醫者やぶいしや長庵坊主ばうず相違さうゐ無しうばかりではわからぬがかぞへて見れば八年あと八月廿八日に寅刻なゝつおきして三日ゆゑいつもの通り平川の天神樣てんじんさまへ參詣に出掛でかけた處か早過はやすぎ往來ゆきゝの人はなしあめしきりにつよふりこまつたなれど信心しんじん參り少しもいとはず參詣なし裏門うらもん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)