大川たいせん)” の例文
からには、蜀江しよくかうとて、にしきを洗ふ所と、詩歌にも作るところあり。日本ひのもとのすのまたなどのやうに広く、いかめしう人も通はぬ大川たいせんなり。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あれは多紀茝庭たきさいていの命じた名だということが、抽斎と森枳園もりきえんとの作った序に見えており、訪古の字面じめんは、『宋史そうし鄭樵ていしょうの伝に、名山めいざん大川たいせんあそび、奇を捜しいにしえを訪い、書を蔵する家にえば、必ず借留しゃくりゅう
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その後の修行ぶりもまた、人なみ超えていて、那智山の荒行の如きも、諸国の名山大川たいせんわたって、幾度となく体験して来たらしい。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なんの、戴宗たいそうが陣中にいる。いずれ一清道人のこと。名山大川たいせんの奥深くにいるかもしれぬが、戴宗の神行法しんこうほうで馳け探せば」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
祖先からの土豪造どごうづくりの家は、羽前の大川たいせん最上もがみの流れに沿い、甑嶽こしきだけふもとにあった。山形から十里余、楯岡たておかとりでから北へ一里、土称どしょう林崎という部落にあった。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それよりも、九州の果て、長崎の文明、また新しい都府と聞くあずまの江戸、陸奥みちのく大山たいざん大川たいせんなど——遠い方にばかり遊心が動いています。生れながら私には、放浪癖があるのかもわかりません
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)