外交がいこう)” の例文
諭吉ゆきちは、さらに明治めいじ十五(一八八二)ねんに、「時事新報じじしんぽう」という新聞しんぶん発行はっこうし、政治せいじ教育きょういく外交がいこう軍事ぐんじ婦人ふじんもんだいなどについて、論文ろんぶんをのせました。
頃日けいじつ脱稿だっこうの三十年史は、近時きんじおよそ三十年間、我外交がいこう始末しまつにつき世間につたうるところ徃々おうおう誤謬ごびゅう多きをうれい、先生が旧幕府の時代よりみずから耳聞じぶん目撃もくげきして筆記にそんするものを
外交がいこう
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
でも、幕府ばくふのよわい外交がいこうをふんがいした地方ちほうはんでは、外国がいこく軍艦ぐんかんにいくさをしかけて、けっきょく、さんざんなめにあわされるようなじけんが、ひきつづいておこりました。
ことに旧政府時代の外交がいこうは内治に関係かんけいすることもっとも重大じゅうだいにして、我国人の記念きねんそんすべきものもっとも多きにもかかわらず、今日すでにその事実じじつを失うは識者の常に遺憾いかんとするところなりしに