墺太利オーストリー)” の例文
墺太利オーストリーにモツアルトといふ音楽家があつた。ある日の事維也納ウヰンナ市街まちをぶらついてゐると、変な姿なりをした乞食がひよつくり眼の前に現れた。
一昨日、お前をて下さった……昨夜ゆうべも診に来て下すった先生は、その方の研究で墺太利オーストリーまで行って来られた有名な医学博士だったのだぞ。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
分水嶺は既に独逸ドイツの国境を越して墺太利オーストリーの領分になつてゐるので、さう手易たやす其処そこを極めることは出来ないやうである。
イーサル川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
すなわち、第一提琴ヴァイオリン奏者のグレーテ・ダンネベルグは、墺太利オーストリーチロル県マリエンベルグ村狩猟区監督ウルリッヒの三女。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
やがて、味方の墺太利オーストリー軍は北へ/\と追ひまくられて、伊太利イタリー兵の銃剣が辻々をいかめしく固めてしまひました。
けむり(ラヂオ物語) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
フリッツ・クライスラーは、一八七五年二月二日墺太利オーストリーのウィンに生れた。
そのどさくさ紛れに、普魯西プロシヤのフレデリツク大王は、シレージヤの土地を、墺太利オーストリーの女帝マリア・テレサの柔かい手から手繰たくつた事があつた。
そこは、ヴエルサイユ条約の結果、新らしく敵国墺太利オーストリーから奪ひ取ることになつた、チロルといふ山国です。
けむり(ラヂオ物語) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
それから、上さんは靴下の繕ひを自慢して見せ、他所行よそゆき著物きものを持つて来て見せ、次いで一足の靴を持つて来て見せ、墺太利オーストリーSalzburgザルツブルク 製だと云つた。
南京虫日記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
自分達の二番目の恋人が誰だつたかを思ひ出せない人達も、ナポレオンの二番目の皇后きさき墺太利オーストリー帝の皇女わうぢよマリア・ルイザであつたのは知つてゐる筈だ。
最後が懐しい墺太利オーストリー……わざと平服に、戦敗国の代表たる自分をつゝんでゐます。
けむり(ラヂオ物語) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
北米の文豪マアク・トエインが、何時だつたか、墺太利オーストリー皇帝フランツ・ヨセフに謁見えつけんした事があつた。
ある墺太利オーストリーの婦人は四十五歳の間に三十回姙娠して三十六人の子供を生んだ。