嗜虐しぎゃく)” の例文
そんな涙ッぽい粧いは自分の嗜虐しぎゃくに似合わないと知っているせいだろうが、このときだけは真底しんそこ、何か身につまされたようだった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お杉の姐さんは女である、女の中でもぬきんでて女らしい女である、彼女の唇には狐族こぞくにみる奸智かんち嗜虐しぎゃくの微笑がうかんだ。
そういう仕方で目の錯覚、物忌ものいみ、嗜虐しぎゃく性、喫煙欲というような事柄へも連れて行かれれば、また地図や映画や文芸などの深い意味をも教えられる。
寺田寅彦 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
嗜虐しぎゃくの楽しみが男にはあるとすると、女には被虐のそれがあるのか。俺に組みしかれたあとでも、いけすかないと言いつづけていたそのおいらんが
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
残忍な嗜虐しぎゃくが、突然私をそそった。私は力をこめて掌の蝉を握りしめると、そのまま略服りゃくふくのポケットに突っ込んだ。蝉の体液が、掌に気味悪く拡がった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ナポレオンは二年前までコロールの街にいたのだが、公学校三年生の時、年下の女の児にひどく悪性の嗜虐しぎゃく症的な悪戯いたずらをして、その児をほとんど死に瀕せしめたという。
あんずるに春琴の稽古振りが鞭撻のいきを通りして往々意地の悪い折檻せっかんに発展し嗜虐しぎゃく色彩しきさいをまで帯びるに至ったのは幾分か名人意識も手伝っていたのであろうすなわちそれを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
性来の悪魔性が——嗜虐しぎゃく性が、ムクムクと胸へ込み上げて来、この純情の処女おとめの心を、嫉妬と猜疑さいぎとで、穢してやろうという祈願ねがいに駆り立てられるのであったが、今は反対で
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
凄まじい嗜虐しぎゃく的な殺しかたから見ても、この婦人を襲うたものが獅子や虎のごとき単なる食肉性の猛獣ではなくて、最も人間に近いゴリラに相違ないことは深く私にもうなずかれたが、しかも
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして、ふいに私は嗜虐しぎゃく的に、目を閉じ全身を熱くしている女を乱暴におさえつけて、股のあいだの色の濃い皺の部分を撫で、縛られたままの女をまるで強姦するように犯したりもしたのだ。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
「尊氏でしょう、這奴しゃつ嗜虐しぎゃく、やりおりそうなことではあります」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)