古袷ふるあわせ)” の例文
松村は、私から十円札を受取ると、古袷ふるあわせ一枚に、皺くちゃのハンチングという扮装で、何も云わずに、プイとどこかへ出て行った。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
身には破れた古袷ふるあわせをきて、その上に新らしいみのをかさねて、手には海苔ヒビのような枯枝の杖を持って素足でぶらぶらと迷い歩いている。その風体ふうていがここらの漁師ともみえなかった。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
着ているのも継ぎのあたった青梅縞おうめじま古袷ふるあわせで、帯はよれよれだし、はいている下駄はちびたおとな物で、それもすっかり鼻緒がのびているから、泥のはねた足指をまむしにしていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
九月になってから急に涼しくなって、叔母が丹精たんせいしてい直してくれた古袷ふるあわせも、薄寒く見えますが、当人は案外呑気で、膝小僧のハミ出すのも構わず、乗出し加減に一とかど哲学するのでした。
私は借家に帰ると、古袷ふるあわせを一枚女中に持たせて、F君の所へ遣った。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
古袷ふるあわせ軽暖けいだんにをりにけり
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
海岸の古着屋には、そんな客が間々あるものと見え、相手はさまで怪しまず、一枚の古袷ふるあわせを出してれた。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
古袷ふるあわせを解いて張ったのを、単衣ひとえに直しているのである。茶色にすすけた障子からの明りで、せのめだつ頬や、とがった肩つきや、針を持つ手指などが、やつれた老女のようにいたいたしくみえる。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)