匾額へんがく)” の例文
それから奥、東照宮とうせうぐう境内けいだいの方へ向いた部屋々々へや/″\家内かないのものの居所ゐどころで、食事の時などに集まる広間には、鏡中看花館きやうちゆうかんくわくわんと云ふ匾額へんがくかつてゐる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
後ろの丁字街の突き当たりには、破れた匾額へんがくがあって「×亭口ていこう」の四つの金文字きんもじ煤黒すすぐろく照らされていた。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
府下ふか世田せた松陰神社しょういんじんじゃの鳥居前で道路が丁字形に分れている。分れた路を一、二町ほど行くと、茶畠を前にして勝園寺しょうえんじという匾額へんがくをかかげた朱塗しゅぬりの門が立っている。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「あの男だけです。」エルリングが指さしをする方を見ると、祭服を着けた司祭の肖像がたくの上に懸かっている。それより外には匾額へんがくのようなものは一つも懸けてないらしかった。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
いわゆる三計塾けいじゅくで、階下に三畳やら四畳半やらの間が二つ三つあって、階上が斑竹山房はんちくさんぼう匾額へんがくを掛けた書斎である。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
小径の片側には園内の地を借りて二階建の俗悪な料理屋がある。その生垣につづいて、傾きかかった門のひさしには其文字も半不明となった南畝の匾額へんがくきゅうって来りおとなう者の歩みを引き留める。
百花園 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
玄関を上がつて右が旧塾きうじゆくと云つて、ここには平八郎が隠居する数年前から、その学風をしたつて寄宿したものがある。左は講堂で、読礼堂どくれいだうと云ふ匾額へんがくが懸けてある。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
大誦たいしょうは訳官になって深見氏を称した。深見は渤海ぼっかいである。高氏は渤海よりでたからこの氏を称したのである。天漪は書を以て鳴ったもので、浅草寺せんそうじ施無畏せむい匾額へんがくの如きは、人の皆知る所である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)