こお)” の例文
「けれどもそれは表面だけのことで、妻女の松世さまは良人の毛深い手足や肌に触ることが、身のこおるほどいやだと仰しゃっています」
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その意気の尊さはいうまでもない。然しその尊さの蔭には尊さそのものをもこおらせるような淋しさが潜んでいる。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
其時、塚穴の深い奥から、こおりきった、而も今息を吹き返したばかりの声が、明らかに和したのである。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
葉を振り落した木が如何に雪に降り埋められたからとて、斯様かように押伏せられる訳はない。これは深く積った雪が一旦水気付いて又寒さの為にこおると木を取り巻いて固く凝結してしまう。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
隆二は男を憎むよりも、その貪欲と人を疑うその根原にある貧しさ、人間どうしの不信さを感じて、骨までこおるような思いがした。
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それでも九時ごろにはなっていたろうか、雪はやんでいたし、道は白くこおって足許あしもとが明るいから、提灯は持たずに衣笠を出た。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こおるような川風に吹かれ、河岸かしをあるいた覚えがあるので、両国広小路か、その裏のどこかの横丁の飲み屋らしい。
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
夜になるとそのままこおるので、うっかりあるくと踏み返して足を痛める、菊枝は気もあがっていたし、馴れぬ夜道ではげしくつまずき、くるぶしのところを捻挫ねんざした。
日本婦道記:不断草 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こおるようにさむざむと夜気をふるわせている、くいしばった歯の間から、切々ともれる青年の慟哭どうこくのこえが、その瀬音に和していたましく耳にしみついた。
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
安宅は隣りにいた諸岡主馬もろおかしゅめに断わり、急用ができたから城代によろしく、と伝言を頼んで立ちあがった。外はすっかり昏れてしまい、こおりかけた雪の道はあるきにくかった。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きっちりとはいた草鞋わらじの下で、こおった土や枯草がみしみしときしみ、そこから寒さがはいあがってきた。寒さは足をはいのぼって腹にしみとおり、からだしんからふるえが起こった。
橋の下 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
隼人は唇をめた。躯じゅうがこおるように寒く、のどが耐えがたいほど渇いていた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
山は朝ごとに霜でこおり、まもなくそれが里へとくだって来るだろう。にもかかわらず、国吉は寒さを感じないだけでなく、頭の中も躯の芯も熱っぽく、掌や脇の下は汗で濡れるくらいだった。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手のひらを返すように冷酷になってしまうんです、男を夢中にさせるまでは、思いつく限りの手くだを使いますが、いざというときになると石になってしまうんです、冷たくこおった石のようにです
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
三人の息は月の光を含んで白くこおった、青木は、月見頃になるとこの浜一面に藻潮をいて酒の宴を開く習慣があると話した、ことにそうしたとき、男たちよりも、女たちのほうがよけい騒ぐので
須磨寺附近 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「山道はもうこおり始めていますよ、風邪をひかないで下さい」
おごそかな渇き (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
志保は全身の血がこおるように思った。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)