“やしきあと”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
邸跡33.3%
屋敷跡25.0%
邸址16.7%
宅趾8.3%
家敷跡8.3%
屋舗跡8.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
左側に近頃ちかごろ刈り込んだ事のなさそうな生垣を見て右側に広い邸跡やしきあとを大きい松が一本我物顔に占めている赤土の地盤を見ながら、ここからが坂だと思う辺まで来ると、突然勾配こうばいの強い、狭い
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
板額女はんがくぢよ加治かぢ明神山の城主をさの太郎祐森すけもりしつ、古志郡のさんなり。又三歳の小児も知れる酒顛童子しゆてんどうじは蒲原郡沙子塚すなごつか村のさん、今猶屋敷跡やしきあとあり。はじめ雲上山うんしやうざん国上寺こくじやうじ行法印ぎやうほふいん弟子でしなり。
坂路を隔てて仏蘭西人アリベーと呼びしものの邸址やしきあと、今は岩崎家の別墅べっしょとなり、短葉松植ゑつらねし土墻ついじは城塞めきたる石塀となりぬ。岩崎家の東鄰には依然として思案外史しあんがいし石橋いしばし氏のきょあり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そこにはたちうちと云う小字があって、祐泰の宅趾やしきあとと云われ、祐泰の力持をしたと云う石もあった。
火傷した神様 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それであるのに、三人目の男はとんでもなく白気しらけきった顔つきで、「いや二百株ばかり、それもごくありふれた、種類の悪い躑躅が植えてある荒地あれちのような家敷跡やしきあとですよ」
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
芝赤羽根しばあかばね海軍造兵廠かいぐんぞうへいしょうの跡は現在何万坪という広い閑地になっている。これは誰も知っている通り有馬侯ありまこう屋舗跡やしきあとで、現在蠣殻町かきがらちょうにある水天宮すいてんぐうは元この邸内にあったのである。