“ていげん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
丁原28.6%
貞元28.6%
鄭玄14.3%
低減14.3%
逓減14.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
さあ。その儀は、如何したものでしょうか。ここ今日、思い起されるのは、彼がむかし、養父の丁原(ていげん)を殺害して、董卓(とうたく)に降って行きながら、またその董卓を裏切って、洛陽にあの大乱を
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唐の貞元(ていげん)年間のことである。望苑(ぼうえん)駅の西に王申(おうしん)という百姓が住んでいた。
「ですから、そこを鄭玄(ていげん)にとりなしてもらうのです。ともかく、世外(せがい)の高士に、世俗の働きをさせるところが、この策の妙たるところなんです」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さればです。もしあなたが、今の憂いを払わんと思し召すなら、いちどその高士(こうし)鄭玄(ていげん)をお訪ねなされては如何かと?」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
又(また)一方(ぱう)に我國(わがくに)の經濟(けいざい)は立直(たてなほ)しが出來(でき)て堅實(けんじつ)なる基礎(きそ)の上(うへ)に立(た)つのであるからこれより來(きた)る生産費(せいさんひ)の低減(ていげん)によりて失(うしな)ふ處(ところ)を償(つぐな)ふ丈(だ)けの用意(ようい)と覺悟(かくご)をなすべきことゝ考(かんが)へるのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
講授の間にはまた寺舎を建て十方僧を供養し仏菩薩の像を造った。あるいは貴卑平等の大会(だいえ)を催し貧富の差別の逓減(ていげん)を計り貧病に苦しむものを救った。これらのことはその数計り難い。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)