おのづか)” の例文
六月十二日、予は独り新富座におもむけり。去年今月今日、予が手にたふれたる犠牲を思へば、予は観劇中もおのづから会心の微笑を禁ぜざりき。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
むまつのなく鹿しかたてがみなくいぬにやんいてじやれずねこはワンとえてまもらず、しかれどもおのづかむまなり鹿しかなりいぬなりねこなるをさまたけず。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
その或る者は労少なくしてむくい多く、而して其の功も亦た多し、かくの如きものに対しては、志願者の数もおのづから多からざるを得ず。
主のつとめ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
然し吾々は人の家をうた時、座敷の床の間に其の家伝来の書画を見れば何となく奥床しくおのづから主人に対して敬意を深くする。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
かねの有る奴で評判のえものは一人も無い、その通じやが。お前は学者ぢやからおのづから心持も違うて、かねなどをさうたつといものに思うてをらん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さうして真の礼儀と規律とが君の現在の禁慾的生活におのづからなる良き整形を為す。かうして此の愛の詩集が生れたのである。
さうして真の礼儀と規律とが君の現在の禁慾的生活におのづからなる良き整形を為す。かうして此の愛の詩集が生れたのである。
愛の詩集:03 愛の詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
野狐は遠い闇の中に鳴き、数千の不吉な物の響は、沈黙の中からおのづから生れて来る。遂にセラピオンの鶴嘴は、柩を打つた。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
また諸〻の自然のみ、おのづから完きこゝろの中にとゝのへらるゝにあらずして、かれらとともにその安寧もまたしかせらる 一〇〇—一〇二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
勿論その若僧は彼自身も買手であるといふ共同の利益の爲におのづから義憤を發したのであらう。けれども自分に取つては彼の一言は手痛く胸に響いた。
貝殻追放:011 購書美談 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
今まで一筋の道をのみ走りし知識は、おのづから綜括的になりて、同郷の留学生などの大かたは、夢にも知らぬ境地に到りぬ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
が、このひとゝきは、おのづから生じた何故とも知らぬ深い大きい溜息で破られ、彼の魂に不快な暗い陰影が生じて来た。
二人の男 (新字旧仮名) / 島田清次郎(著)
何に驚きてか、垣根の蟲、はたと泣き止みて、空に時雨しぐるゝ落葉る響だにせず。やゝありて瀧口、顏色やはらぎて握りし拳もおのづから緩み、只〻太息といきのみ深し。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
(三六)かうきよき、(三七)かたちそむいきほひきんずれば、すなはおのづかめにけんのみいまりやうてう相攻あひせむ。輕兵けいへい鋭卒えいそつかならそとき、(三八)老弱らうじやくうちつかれん。
われはそのおのづから感動するを以爲おもへり。夫人は呼吸の安からざるを覺えけん、えりのめぐりなる紐一つ解きたり。
彼の狂暴ないら立たしい心持は、この家へ移つて来て後は、やうやく、彼から去つたやうであつた。さうして秋近くなつた今日では、彼の気分もおのづから平静であつた。
つくろひなきしようところこ〻もとにたゞ一人ひとりすてゝかへることのをしくをしく、わかれてはかほがたきのちおもへば、いまよりむねなかもやくやとしておのづかもふさぐべきたねなり。
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そのとびら自然しぜんぢ、ていふたゝ海面かいめんうかばんとするや、そのとびら忽然こつぜんとしておのづかひらくやうになつてる。
何だかいつもと違つた雰囲気ふんゐきの中へ、一人で飛び込んだやうな気さへした。いつもは連中の顔さへ見れば、おのづから機智がほどけて来る唇さへ、何となく閉ざされてあつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
いやですことねえ、)となにともかぬことをつたのであるが、其間そのかん消息せうそくおのづか神契しんけい默會もくくわい
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
魚沼郡の内にて縮をいだす事一様ならず、村によりていだしなにさだめあり。こはおのづからむかしより其しなにのみ熟練じゆくれんしてほかしなうつらざるゆゑ也。其所その品をいだす事左のごとし。
〔譯〕堯舜げうしゆん文王は、其ののこす所の典謨てんぼ訓誥くんかう、皆以て萬世の法と爲す可し。何の遺命いめいか之にかん。せい王の顧命こめいそう子の善言に至つては、賢人のぶんおのづかまさに此の如くなるべきのみ。
此書これ有名いうめいなレウィス、キァロルとひとふでつた『アリス、アドヴェンチュアス、イン、ワンダーランド』をやくしたものです。邪氣あどけなき一少女せうぢよ夢物語ゆめものがたり滑稽こつけいうちおのづか教訓けうくんあり。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
あとは人間が勝手に泳いで、おのづか波瀾はらんが出来るだらうと思ふ、さうかうしてゐるうちに読者も作者もこの空気にかぶれて是等これらの人間を知る様になる事と信ずる、もしかぶれ甲斐がひのしない空気で
『三四郎』予告 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
今交通の事を述へたる後に熟考じゆくかうするに、一部落と他部落との間には、人々の多く徃來わうらいする所、即ち多くの人にまれておのづから定まりたる道路の形を成せる所有りしならんとは推知せらるるなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
自分で動かさうと思つて動かしたのではないけれど、押石おもしをとれば接木つぎきの枝がねかへる様に、俺の感情も押石の理智が除かれたから、おのづから刎ねかへつて、そのほしいままな活動を起して来たのである。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
従つてその絵は万花鏡ばんくわきやうのぞく如く、活動写真を観たあとの心象の如く、大顕微鏡下に水中の有機体をけみする如く、雑多な印象が剪綵せんさいせられずに其儘そのまゝ並べられて居るが、印象にはおのづから強弱と明暗があるから
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ランプにむかへばおのづから合さる手と手
春雨椿自落 春雨 椿 おのづから落ち
閉戸閑詠 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
何とはなしにおのづから耳を澄せば遠方をちかた
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
心をとめて窺へば花おのづから教あり。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
をしへずしておのづかはふたり
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
子を生みし後も宮が色香はつゆうつろはずして、おのづか可悩なやまし風情ふぜいそはりたるに、つまが愛護の念はますます深く、ちようは人目の見苦みぐるしきばかりいよいくははるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
藝術を愛さば強ひて人をして藝術を解せしめやうとする勿れ。唯だ解せんとするものをして、おのづから解せしむれば充分である。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
至粋はおのづから落つるところを撰まず、三保の松原に羽衣を脱ぎたる天人は漁郎の為に天衣を惜みたりしも、なほ駿河遊びの舞の曲を世に伝へけり。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
かの酒燈一穂しゆとういつすゐ画楼簾裡ぐわろうれんり黯淡あんたんたるの処、本多子爵と予とがはいを含んで、満村を痛罵せし当時を思へば、予は今に至つておのづから肉動くの感なきを得ず。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と冒頭の一句がおのづから示してゐるやうに、「伯爵の釵」も亦物語である。同時に又、あり得べからざる事を、あるが如くに物語る小説なのは勿論の事だ。
つくろひなきしようの処ここもとにただ一人すててかへる事のをしくをしく、別れては顔も見がたきのちを思へば、今より胸の中もやくやとしておのづから気もふさぐべき種なり。
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
月を友なる怨聲は、若しや我が慕ひてし人にもやと思へば、一の哀れおのづから催されて、ありし昔は流石さすがあだならず、あはれ、よりても合はぬ片絲かたいとの我身のうんは是非もなし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
祈祷をしろ、断食をしろ、黙想に耽れ、さうすれば悪魔はおのづから離れるだらう。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
ダンスとプロレタリア! さう云ふ問題は、又おのづから別に存するだらう。
私の社交ダンス (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
(一七)李耳りじ無爲むゐにしておのづかくわす、清靜せいせいにしておのづかただし。
心をとめてうかがへば花おのづから教あり。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
おのづからあたまが垂れる
さすがに今は貫一が見るたびいかりも弱りて、待つとにはあらねど、その定りて来る文のしげきに、おのづから他の悔い悲める宮在るを忘るるあたはずなりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ユーモリストに到りてはおのづから其趣を異にすれども、之とても亦た隠約の間に情熱を有するにあらざれば、戯言戯語の価直かちを越ゆること能はざるべし。
情熱 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
予はかの獣心の巨紳を殺害するの結果、予の親愛なる子爵と明子とが、早晩幸福なる生活に入らんとするを思ひ、おのづから口辺の微笑を禁ずる事能はず。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
表通りに門戸を張ることの出来ぬ平民は大道と大道との間におのづから彼等の棲息に適当した路地を作つたのだ。
路地 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
悉皆しつかいあやまりのやうに思はるれど言ふて聞かれぬものぞとあきらめればうら悲しきやうに情なく、友朋輩ほうばいは変屈者の意地わると目ざせどもおのづから沈みゐる心の底の弱き事
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一月餘ひとつきあまりも過ぎて其年の春も暮れ、青葉の影に時鳥ほとゝぎすの初聲聞く夏の初めとなりたれども、かゝる有樣のあらたまる色だに見えず、はては十幾年の間、朝夕樂みし弓馬の稽古さえおのづから怠り勝になりて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)