きた)” の例文
堀割ほりわり丁度ちやうど真昼まひる引汐ひきしほ真黒まつくろきたない泥土でいどそこを見せてゐる上に、四月のあたゝかい日光に照付てりつけられて、溝泥どぶどろ臭気しうきさかんに発散してる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それはどうでも好いとして、古屋島氏の顔に、きたないキシャゴの道十郎めっかちがついているのだった。おまけにそれがばかに大きい。
画かきはにわかにまじめになって、赤だの白だのぐちゃぐちゃついたきたない絵の具ばこをかついで、さっさと林の中にはいりました。
かしわばやしの夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
さう言つて入つて來たのは、二十七八の年増、まだ美しくも若くもあるのを、自棄やけきたな作りにしたやうな、白粉つ氣のない女でした。
朝は不思議にどんなみすぼらしい人の姿をもきたなくは見せない。その上、今日の甲野氏はいつもよりずっと身なりもさっぱりして居る。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けれどもその大部分は支那のクーリーで、一人見てもきたならしいが、二人寄るとなお見苦しい。こうたくさんかたまるとさらに不体裁ふていさいである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くさいのきたないのというところは通り越している。すべての光景が文学的頭の矢野には、その刺激しげきにたえられない思いがする、寒気さむけがする。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
これらはきたないことのおきらいな水の神をいからせて、大いにあばれていただくという趣意らしく、もちろん日本に昔からあったまじないではない。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
日の光はここにて淡き黄緑となり、冷くして透明なる水は薄らに顫へ、きたなきココア色の泥のなかに蠢く虫ありて、水草のかげに油すこし浮く。
春の暗示 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「僕達は急に仲が好くなってしまって、もう始終一緒だった。あの頃君は高輪たかなわにいたね。きたない下宿だったじゃないか?」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ほんとに十二銭ぐらいなきたな着物の汚な手拭、汚な扇子ときているから、気の毒みたいに真に迫っていよいよお客はおかしがらずにはいられなかった。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
彼女は三十年前、木之助が始めて松次郎と門附けに来たとき、主人にいいつけられて御馳走ごちそうのはいったさらを持って来た、あの意地のきたなかった女中である。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
かれはそう思いながら、じとじとになった岸の土をぱっとみこんでは、くるしそうに吐いていた。どろにごりした水が乱れたきたない水脈をつくっては流れた。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
こんなに顔が大きくなると、恋愛など、とても出来るものではありません。高麗屋こうらいやに似ているそうですね。笑ってはいけません。「きたな作り」の高麗屋です。
小さいアルバム (新字新仮名) / 太宰治(著)
もとよりいさゝかも無氣味と思ふ樣子もなければ、きたないと思ふ樣子も無い。眞個まツたく驚くべき入神の妙技で、此くしてこそ自然の祕儀が會得ゑとくせられようといふものである。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
(だから彼らは、故意にかえって現実の鏡を見ないようにし、常に無精髭ぶしょうひげやしてきたなくしている。)
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ほかの者が、心もからだも真白になって、洗礼を受けようという年に、にんじんはまだきたないところがあった。ある晩は、いい出せずに我慢がまんをしすぎたのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
おおぜいが踏んで踏んづけて、きたないボロボロになっちまうと、もうゼズスもマルヤもあったもんじゃないわ。何がいてあるか、てんでわかりゃせんのだから。
ちぇっ、それはきたねえや、ユダヤ人附になるなんて。ユダヤ人と来たら鼻持ちならないぜ。彼等は戦争を起しておきやがって、弾丸たまの来るところへは出やがらない。
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのあたりの国じゅうで生きたけものの皮をいだり、獣をさかはぎにしたものをはじめとして、田のくろをこわしたもの、みぞをうめたもの、きたないものをひりちらしたもの
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
その手紙は、いかにも無学らしい文章に加えるにきたならしい筆跡ひっせきをもって書いてあって、要するに公爵夫人こうしゃくふじんがわたしの母に庇護ひごしてもらいたいむねを願い出たものだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
世の中の無数な売女や淫婦いんぷを越えて、この母ひとりが、きたならしい女に思えてならないのである。
されば意地きたなき穴さがし、情人なききらわれ者らは、両個ふたりの密事を看出みいだして吹聴せんものと、夜々佐太郎が跡をつけ、夜遊びの壮年らも往きかえりにこの家の様子をうかがいぬ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
きたならしい着物の、ほこりまみれの顔の、眼ばかり光る鼻垂らしはてんでに棒切れを持っていた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
色男れこのプレゼントだッか? ゴンゾでも、一人前、恋をするのやな。……そか、そか、ほな、かえすわ。……なんや、けったいに臭いおもたら、男のにおいやな。あ、きたな」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
で、外へ出るたんび、公園だの、貸自動車屋の車庫だの、しまいには、こわれた自動車たちが、雨や風に吹きさらしになっている、きたない裏町の隅々すみずみまでもさがしまわりました。
やんちゃオートバイ (新字新仮名) / 木内高音(著)
ついに彼はある横丁で、一階が飲食店になってるきたない宿屋を見つけた。文明館という名だった。チョッキだけのでっぷりした男が、一つのテーブルでパイプを吹かしていた。
薄き衣に妻子の可愛さしみ/″\と身にしみれば、一日半夜やすらけき思ひはなく、身はけがれざる積りにてきたなき人の下に使はれ、僅かの月給に日雇にひとしき働きをして
花ごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
教室の硝子戸はちりにまみれて灰色にきたなくよごれているが、そこはちょうど日影がいろくさして、戸外ではすずめ百囀ももさえずりをしている。通りを荷車のきしる音がガタガタ聞こえた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
みな夜具やぐたゞ壁際かべぎははしくつたまゝきつけてある。卯平うへい其處そこ凝然ぢつた。箱枕はこまくらくゝりはかみつゝんでないばかりでなく、切地きれぢ縞目しまめわからぬほどきたなく脂肪あぶらそまつてる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
板屋根をさしかけたほッたて小屋,これは山方の人たちが俄雨にわかあめに出遇ッた時、身をかくすのがれ場所で,正面には畳が四五畳、ただしたたというもみのないほどのきたならしいやつ
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
きたならしい、いやな子ですねえ! あんたは、今朝けさ爪のお掃除をしなかつたでせう。」
達磨だるま玉兎たまうさぎに狸のくそなどというきたない菓子に塩煎餅がありまするが、田舎のは塩を入れまするから、見た処では色が白くて旨そうだが、矢張やはりこっくり黒い焼方の方が旨いようです。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
神田川の河岸にあるその居酒屋は、小さくてきたないうえに、荷揚げ人足や船頭など、川筋で働く人たちがおもな客だから、「指定」の職人などはもちろん、近所の者とかち合う心配はなかった。
落葉の隣り (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、すぐにかみして、はなくさいてみましたが、やはりすこしもいいいろなくて、まったく少年しょうねんいたのとは別物べつものであって、まずくきたなく自分じぶんながらられないものでありました。
どこで笛吹く (新字新仮名) / 小川未明(著)
母がきたないなりしたままで、鼻をグスグス音させながら、酌していた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
かく二七あやしき所に入らせ給ふぞいとかしこまりたる事。是敷きて奉らんとて、二八円座わらふだきたなげなるを二九清めてまゐらす。三〇霎時しばしむるほどは何かいとふべき。なあわただしくせそとてやすらひぬ。
御行 さあこちらのこのきたない恰好かっこうをしたのが、あなたの聟君です。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
あきらにいさん、なかきたなか無くつて。』
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
白萩のこときたなくなりやすく
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
きたない
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
(青金でだれもうし上げたのはうちのことですが、何分なにぶんきたないし、いろいろ失礼しつれいばかりあるので。)(いいえ、何もいらないので。)
泉ある家 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「あゝ奇麗きれいになつた。うもつたあときたないものでね」と宗助そうすけまつた食卓しよくたく未練みれんのないかほをした。勝手かつてはうきよがしきりにわらつてゐる。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
妹のお絹によく似た細面ほそおもて、化粧崩れを直すよしもありませんが、生れ乍らの美しさは、どんなきたな作りをしても、おほふ由もなかつたのでせう。
ただくわつと逆上のぼせて云ふべき臺辭せりふも忘れ、きまるさに俯向うつむいて了つた——その前を六騎のきたない子供らが鼻汁はなを垂らし、黒坊くろんぼのやうなあかつちやけた裸で
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
然し、ぼくはきたならしい野郎ですから、東京に帰ってどんなに堕ちても、かまいませんが、おふくろが、——たまらんです。と、いって、こっちの空気もたまらんです。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
年寄のいるあわれっぽさやきたならしさがすこしもなく、おかげで家のなかはすがやかだった、せてはいたが色白な、背の高い女で、黒じゅすの細い帯を前帯に結んでいた
次が臺所だいどころで、水瓶みづがめでも手桶てをけでも金盥かなだらいでも何でも好く使込むであツて、板の間にしろかまどにしろかまにしろお飯櫃はちにしろ、都てふきつやが出てテラ/\光ツてゐた。雖然外はきたない。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
車やに連れこまれたのはきたない旅人宿だつた。麥酒ビールと林檎を持つて直に姨捨に登つた。稻が延びてゐるので田毎の月の趣は無かつたが、蟲の音が滿山をこめて幼稚な詩情を誘つた。
山を想ふ (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
いちばん下の円野媛まどのひめは、四人がいっしょにおめしに会ってうかがいながら、二人だけは顔がきたないためにご奉公ができないでかえされたと言えば、近所の村々への聞こえも恥ずかしく
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)