鯉幟こいのぼり)” の例文
ジッと眼を閉じると間もなく、薄暗く、ダラリと垂れた鯉幟こいのぼりの姿が、又もアリアリとまぶたの内側に現われたので、思わず頭を強く振った。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
武蔵の産物としては騎西きさい加須かぞ鯉幟こいのぼりもその一つに挙げるべきでありましょう。五月の節句に勢いよく高くなびくあの幟であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
道々の青葉若葉の家村には五月の鯉幟こいのぼりがへんぽんとひるがえっていましたが、館林に来た頃は躑躅もぽつ/\咲きかけたという噂を聞きます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
理由のない不安と憂鬱の雰囲気のようなものが菖蒲や牡丹の花弁からかもされ、鯉幟こいのぼりの翻る青葉の空に流れたなびくような気がしたものである。
五月の唯物観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それから半月経ったある日江戸の街々のいらかの上に泳いだ鯉幟こいのぼりが影を潜めると、長い旅に出ていた平次はどこからともなく、神田の家へ帰って来ました。
もしも節句の武者人形や鯉幟こいのぼり軍閥ぐんばつの臭味があるとしたら、鳥居の立っている日本国内の神社は稲荷いなりと天神とを除いて大方武将を祭ったものであるから
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
沿道の谷々には桃李とうりが笑っている、村々には鯉幟こいのぼりがなびいている。霞が村も山も谷も一たいに立てこめている。
山道 (新字新仮名) / 中里介山(著)
最後にそれ等のずっと向うに、——低い屋根が続いた上に、大きな鯉幟こいのぼりのあるのが見えた。鯉は風に吹かれながら、鮮かに空へひるがえっていた。この一本の鯉幟は、たちまち風景を変化させた。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それはちょうど、欧米におけるクリスマスににたものだ、日本全国津々浦々つつうらうらにいたるまで、いやしくも男の子のある家では、屋根よりも高く鯉幟こいのぼりを立てる、室内には男性的な人形をかざる。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
指さしたのは、中ぐらいな鯉幟こいのぼりを半分ほどおろした下、幟の竹竿を立てた、厳重な二本の石柱のあたりに、あけに染んで一人の男がうずくまっているではありませんか。
夏着に涼しさを添える織物であります。町の名物として丁稚羊羹でっちようかんは、誰も土産物の風呂敷に包むでありましょう。ざいには鯉幟こいのぼりを作る村があって一時栄えましたが今は衰えました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)