銀鼠ぎんねず)” の例文
それ故に灰色は江戸時代から深川鼠、銀鼠ぎんねず藍鼠あいねず漆鼠うるしねず紅掛鼠べにかけねずなど種々のニュアンスにおいて「いき」な色として貴ばれた。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
山を出て平野の一端に来てみますと、見渡すかぎりの武蔵野の原は、尾花の銀鼠ぎんねずいろの一色にぼかされている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
物がみんな銀鼠ぎんねずに見えるような、おぼろの桜月夜、女の悲鳴が聞えなくとも、何となく怪談めかしい道具立です。
厚くかたまってる黒雲が青空の中を流れていた。馬に乗った百姓たちがむちを振り上げながら、長い角を生やした銀鼠ぎんねず色の大きな牛の群れを、荒れ地を横ぎって追いたてていた。
私は、一番いゝ服(銀鼠ぎんねずの分で、テムプル先生の御婚禮の時に買つて、あの時以來一度も着なかつた)を手早く着、髮もすぐにかしつけ、私の唯一つの飾である眞珠の衿留えりどめを着けた。
銀鼠ぎんねずの空の色か、巨大な蜘蛛くもが今ものをめがけて飛びかかろうとしている様な、奇怪なる樹木達の枝ぶりか、固体の様におし黙って、無限の底に空を映した沼の景色か、それもそうだ。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なんという型のものであるか私には判らぬけれども、ひとめ見た印象で言えば、シルレルの外套である。天鵞絨ビロード紐釦ボタンがむやみに多く、色は見事な銀鼠ぎんねずであって、話にならんほどにだぶだぶしていた。
ダス・ゲマイネ (新字新仮名) / 太宰治(著)
よく湿しめる萱屋は低し新芽しんめふく一本いつぽん茱萸ぐみ銀鼠ぎんねずの雨
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
二人はしばらく無言のまま、浜町河岸に立って、銀鼠ぎんねずから桃色に明けて行く大川端の春を眺めております。
そうの小舟が、ゆったりとした平安な流れのままに、音もなく通っていった。河波はひたひたと柳の枝に口づけをしていた。光は細やかでぼうとして、空気はさわやかに、河は銀鼠ぎんねずの色をしていた。
銀鼠ぎんねずにからみゆく古代紫
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
次第に銀鼠ぎんねず色に暮れ行く空、散りかけた桜は妙に白茶けて、興も春色もめると見たのもしばし、間もなく山中に灯が入って、大きな月がもやの中に芝居のこしらえ物のように昇りました。