讃州さんしう)” の例文
さつし是々御浪人我等は此樣に見苦しき身形みなりゆゑ定めて不審いぶかしき者とおぼされんが必ず御心配なさるに及ばず某は讃州さんしう丸龜まるがめに住居なす後藤半四郎秀國ひでくにとて劔道けんだう指南しなん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
讃州さんしう志度の海女は、藤原淡海たんかい公のために龍王から面向不背めんかうふはいの珠を奪ひ還したといふ傳説のあるところ。
船長が戸口の処まで来て『皆さんお粗末なんで』と一寸帽子をつて挨拶する。脱つた後の頭のてつぺんが禿げて居た。一寝入りして眼を覚すと夜も更けた。岸の灯が近づくと其処は讃州さんしう多度津たどつだ。
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
下りて屏風びやうぶのうちへ入置いれおき平左衞門は入牢じゆらう申渡されしが主税之助儀は交代かうたい寄合よりあひ生駒大内藏へ御預けとさだまりたり此生駒家の先祖せんぞ讃州さんしう丸龜まるがめ城主じやうしゆにして高十八萬石を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「内儀さんは讃州さんしう志度しどの生れだと聽いたが、泳ぎやぐことは出來るだらうな」
受て攝州せつしう大坂にて御仕置に行はれしが此源内の娘にとよと云ふ大孝行の者が有てちゝ源内が入牢せし中讃州さんしう金毘羅權現こんぴらごんげんちかひをたて我が一命をかみさゝげて父の無實の罪にかはらんことを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「去年お取潰しになつた、讃州さんしう丸龜まるがめの山崎志摩守しまのかみ樣の御下屋敷跡ですよ。土藏一つだけ殘つて居ますが、あれはひどい雨漏あまもりで、山崎樣御盛の頃拂下げになり、取こはすつもりで、そのまゝになつて居ります」