蕩揺とうよう)” の例文
毎日硝子戸ガラスどの中にすわっていた私は、まだ冬だ冬だと思っているうちに、春はいつしか私の心を蕩揺とうようし始めたのである。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかれども彼が沈澱ちんでん腐敗せる連歌を蕩揺とうようして他日一新の機を与へたる功は、俳諧史上特に書すべき価値あり、随つて彼らの俚野りやなる句もまた一読せざるべからず。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
新蔵はこの意外な吉報を聞くと同時に、喜びとも悲しみとも名状し難い、不思議な感動に蕩揺とうようされて、思わず涙を頬に落すと、そのまま眼をとざしてしまいました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「無産階級に祖国なし」げに、資本主義の波に蕩揺とうようされつゝ工場から工場へ、時に、海を越えて、何処と住居を定めぬ人々にとっては、一坪の菜園すら持たないのである。
彼等流浪す (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかれども信の心にこんする、深きものあり、浅きものあり。深きものは動し難く、浅きものはゆらやすし。いま動し難きものにつきてこれを蕩揺とうようせば、幹折れ、枝くだきて、その根いよいよまんせん。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
と、港いっぱいに蕩揺とうようしている無数の船影のうえに、どよめきがわいた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其内で私は歴史的に読者の過去を蕩揺とうようする、草双紙とか、薄暗い倉とか、古臭ふるくさ行灯あんどんとか、または旧幕時代から連綿とつづいている旧家とか、温泉場とかを第一にげたいと思います。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)