ひび)” の例文
人のあぶらを吹き荒す風で手足のひびが痛いと云つて、夕方になると、子供がしくしくぢくね出す。そのすゝぎ湯を沸かすさへ焚物が惜まれた。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
この時、庭の方から、わだちでもきしるような、キリキリという音が、深夜の静寂しじまひびでも入れるかのように聞こえて来た。武士たちは顔を見合わせた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いわゆる非人やけというやつで、顔色がどす黒く沈んで、手足がひびだらけ。荒布あらめのようになった古布子をきて、尻さがりに繩の帯をむすんでいる。
顎十郎捕物帳:10 野伏大名 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
絹夜具の膚触はだざわりが、いやに冷たくて気味が悪かった。おまけに、ひびの切れた手足がそれに擦れるたびにばりばりと異様な音を立てるので、彼はびくびくした。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
だが、苦痛とは何か、われわれの精神を虐げ、われわれの観念にひびを入れるこの苦痛とはそもそも何か。苦痛とは単なる神経刺戟だといふのか、さうではあるまい。
井の中の正月の感想 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
彼女はひびだらけな大きい手で、一つ一つ撫で廻して見た。——捕る時まで体を包んでいたその着物には、まだ皆の熱い血が、ほとぼりを残しているようにさえ思えるのだ。
母親 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
ただ、冬のひげをたくわえている。わたしの訪問は、ある程度までしか彼を驚かさない、感動させない。ひびのはいった手をわたしに握らせて置いて、別に変ったこともないと言う。
十二月から三月一ぱいは、おびただしい霜解けで、草鞋か足駄あしだ長靴でなくては歩かれぬ。霜枯しもがれの武蔵野を乾風が飈々ひゅうひゅうと吹きまくる。霜と風とで、人間の手足も、土の皮膚はだも、悉くひびあかぎれになる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
リー・シー・ツワンの綺麗にほこりのぬぐわれたエナメルの靴にひびが入った。
地図に出てくる男女 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
一首の意は、稲をいてこんなにひびの切れた私の手をば、今夜も殿の若君が取られて、可哀そうだとおっしゃることでしょう、御一しょになる時にお恥しい心持もするという余情がこもっている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「そうさなア、おれが負けたら、ひびの膏薬をおまえにやろう」
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
狐つかひは、ひびだらけの両手をあげて、彼を押しとめた。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
そしてしばらく考えたあと、急にお針の道具を片方に押しやって、次郎のひびだらけの手をにぎりながら
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
かがる」は、ひびのきれることで、アカガリ、アカギレともいう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)