爪先立つまさきだ)” の例文
わたしは咄嗟とっさに見分けがついた。父は全身すっぽり黒マントにくるまり、帽子ぼうし目深まぶかにおろしていたが、それでは包みかくせなかった。彼は爪先立つまさきだちで、そばを通り過ぎた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
別の背の低い、こせこせした男が、彼の腕を引っぱり、爪先立つまさきだって彼の耳もとでたずねた。「君は連邦党か、民主党か」リップは前と同様、質問の訳がわからず途方にくれた。
何の気もなく爪先立つまさきだちになり、上の窓框まどわくへ手をかけると、不意に! 窓の隙からその手をグイとつかみ取りに引き込まれて、格子こうしからみつけるように、強くじつけられてしまった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
クンツの見当は当たっていた。すこぶる上天気だった。寒さと急な梯子はしご段とを恐れてもう長くはいったこともないあなぐらへ、爪先立つまさきだって降りていった。いちばんよい葡萄ぶどう酒のびんを選んだ。
しかも、それをぐいと引き抜いて、爪先立つまさきだちになってそのまま便所ですからね。どんなに、こらえ切れなくなっていたって、何もそれほどあわて無くてもよろしいじゃございませんか。
眉山 (新字新仮名) / 太宰治(著)
昌平橋のこっちに海坊主の寄合よりあいのようにかたまって、その乗物にちっとも眼を離さなかった連中が、今や前後の乗物が別れたと見るとスーッと爪先立つまさきだって橋を渡り、太刀のつかを握り締めた十余人は
僕は今にもおぼれそうになった。爪先立つまさきだちをして僕は背のびをした。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
足音をさせないように爪先立つまさきだてゝ歩いて行って、障子をいつも程に細目に開け、じーっと息をらしていると、燈台の灯先ほさきが風のないのにゆら/\としたと思った途端に、父がにわかに両肩を揺がして
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)