機会しほ)” の例文
旧字:機會
渠は心が頻りに苛々いらいらしてるけれど、竹山の存外平気な物言ひに、取つて掛る機会しほがないのだ。一分許り話は断えた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
御下問になりだしたのを機会しほに、そつと後ろへさがつたワクーラは、衣嚢かくしへ口を寄せて小声で、⦅少しも早くここから連れ出してくれ!⦆と言つた、その途端に彼はもう
拳をくうにふるうて居つたが、その外の「いるまん」衆も、いろいろととりないたれば、それを機会しほに手をつかねて、嵐も吹き出でようず空の如く、すさまじく顔を曇らせながら
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
人の揃はぬその内から、お義理立には及ぶまい。ここといふのは、一時か、二時の間でござんせう。それを機会しほに、横道へ、外れぬお心極まつたなら、六時過ぎから、御越と。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
此時三四郎の前に寐てゐた男が「うん、成程」と云つた。それでゐて慥かに寐てゐる。独言ひとりごとでも何でもない。ひげのある人は三四郎を見てにや/\と笑つた。三四郎はそれを機会しほ
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
何と人が思つても自分は村外むらはづれにされつ切りになつては居られない。これがいゝ機会しほになつて、親様へ出入が出来るやうにもならう。これから先、人から別物扱にされないやうにならう。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
それは父をきずつけた種牛が上田の屠牛場とぎうばへ送られる朝のこと。叔父も、丑松も其立会として出掛ける筈になつて居たので。昨夜の丑松の決心——あれを実行するには是上このうへも無い好い機会しほ
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「何んやいな、今時分に大けな声して。……兎も角明日あしたのことにしたらえゝ。」と、お梶が寝衣ねまき姿で寒さうに出て来たのを機会しほに、二人の雇人は、別れ/\に各の寝床へ逃げ込んで行つた。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)
ある時には、その不思議を知りたいと言ふので、その町の唯一の大学生——心理学研究の大学生が、正月の休暇に帰省してゐるのを好い機会しほに、ある人達と共に慈海のゐる寺へと出かけて行つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
もともと進まぬお外出ゆゑ、これを機会しほのお帰りか。それとも外に子細があらば、なほさら、無理にといふでもなし。どの道、危険あぶなげ無い事ならと。念を押したる分れ道。見返りがちにゆく影を。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
お袖は口虎を逃れし心地、これを機会しほに父の辺りへ走り行けり。
小むすめ (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)