本居もとおり)” の例文
賀茂真淵かものまぶち大人うしは、是も東西の各地にある丹生にふという地名を、同じ例に加えようとせられたが、それには本居もとおり氏がまず同意をしなかった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あの本居もとおり平田諸大人の流れをくむもののおそかれ早かれ直面しなければならないようなある時が彼のような後輩をも待っていたのである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると仲間の本居もとおり君が、すぐ向うの小高い傾斜の上に立って、あちこちと見廻しているのを認めた。私がそちらへ行くと、本居君も歩み寄って来た。
烏帽子岳の頂上 (新字新仮名) / 窪田空穂(著)
彼の周囲にいて本居もとおり平田の古学に理解ある人々にすら、この大和五条の乱は福島の旦那だんな様のいわゆる「浪人の乱暴」としか見なされなかったからで。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
つまりは本居もとおり氏が是をニヒナメの一つに統一せられたのは何のせんもなく、いわば後代の研究者のために、なお発見の喜びをのこされたものと言ってもよい。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そこには本居もとおり派や平田派の古学に関したいろいろな本が置いてある。あの平田篤胤あつたねと同郷で、その影響を受けたとも言われる佐藤信淵さとうのぶひろが勧農に関する著述なぞも置いてある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
伊勢の松阪あたりの山神祭りの飾り人形に、白餅喰いというのがあったことは、本居もとおり先生の日記にも見えている。秋の終りの神送りの日には、是は欠くべからざる神供じんくであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
半蔵は熱心な子女の教育者だから、いつのまにかお粂も父の深い感化を受け、日ごろ父の尊信する本居もとおり平田ひらた諸大人をありがたい人たちに思うような心を養われて来ている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
島根県の西部海上、石見いわみ高島の鼠の話が、本居もとおり先生の『玉勝間たまかつま』巻七に出ている。この島鼠多く、人をも害することあり、或年あるとし浜田より人をつかわし駆除せしめらるるもこうしとある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「機運やむべからずさ。本居もとおり、平田の学説というものは、それを正しいとするか、あるいは排斥するか、すくなくも今の時代に生きるもので無関心ではいられないものですからねえ。」
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「その精神をヌキにしたら、本居もとおりや平田の古学というものはわかりませんよ。」
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
本居もとおり、平田諸大人の国学ほど世に誤解されているものはない。古代の人に見るようなあのぐな心は、もう一度この世に求められないものか。どうかして自分らはあの出発点に帰りたい。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三吉の阿爺が心酔したような本居もとおり派の学説に関する著述だの、万葉や古事記の研究だの、和漢の史類だの、詩歌の集だの、そういうものは少なかったが、そのかわり橋本の家に特有な武術
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二十三歳を迎えたころの彼は、言葉の世界に見つけた学問のよろこびを通して、賀茂かもの真淵まぶち本居もとおり宣長のりなが平田ひらた篤胤あつたねなどの諸先輩がのこして置いて行った大きな仕事を想像するような若者であった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)