木彫もくちょう)” の例文
が、数年前に、その道を隠退してからは、好きな木彫もくちょうや読書にふけり、号を江漢漁史こうかんぎょしといって、外へ出るのも、書画会ぐらいなもの。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
科は日本画と木彫もくちょうとの二科であった。これは日本の在来の美術を保存しまた奨励するという趣旨の下にこの学校が出来たもののように見えました。
「単に、手本にするだけではござりませぬ。きた馬と朝夕ちょうせき起居をともにし、その習性を忠実に木彫もくちょううつしてみたいというのが、愚老の心願でござりまする」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
僕の木彫もくちょうだって難関は有る。せっかくだんだんと彫上ほりあげて行って、も少しで仕上しあげになるという時、木の事だから木理もくめがある、その木理のところへ小刀こがたなの力が加わる。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
柱あるところには硝子の箱を据え付け、そのうち骨董こっとうを陳列す。壁にそいて右のかたにゴチック式の暗色のひつあり。この櫃には木彫もくちょうの装飾をなしあり。櫃の上に古風なる楽器数個あり。
装潢そうこう頗る美にして桐の箱入になっていた。この画と木彫もくちょうの人形数箇とを、豊芥子は某会に出陳するといって借りて帰った。人形は六歌仙と若衆わかしゅとで、寛永時代の物だとかいうことであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この美術学校というのは日本画と彫刻とで立っているので、岡倉さんがあなたに来てもらいたいという主意はその木彫もくちょうの方の教師になってもらいたいというのです。
羅宇らうなおしの作爺とは、世を忌み嫌ってのいつわりの姿で、以前は加州金沢の藩士だったのが、彫刻にいそしんで両刀を捨て、江戸に出て工人の群れに入り、ことに、馬の木彫もくちょう古今無双ここんむそうの名を得て
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私の弟子を取った目的は我が木彫もくちょうの勢力を社会的に扶植しようということにあったというよりも我が木彫芸術の衰頽すいたい輓回ばんかいするということにあったので、したがって
木彫もくちょうをやってる彼の人たちの、腕を一つ見てみよう位の気は起りそうなもの、こっちでは随分毎日仕事の合間あいまに石屋のこつこつたたいている処を見て、もうあの獅子の頭が見えて来た
その頃は、まだ、美術学校には塑像はありません時代で、原型は木彫もくちょうです。
私にも木彫もくちょうとしての製作を一つ頼むということであった。