幽鬱ゆううつ)” の例文
道楽に小説も書く貴族の若様といった様子の青年で、磨き抜かれた容貌に何んとなく芸術家だけが持つ、一種の幽鬱ゆううつさがあります。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
しかも処々に散見する白楊ポプラアの立樹は、いかに深くこの幽鬱ゆううつな落葉樹が水郷の土と空気とに親しみを持っているかを語っている。
松江印象記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あなたのいつかの妹へのお便りにも、幽鬱ゆううつななやましい気分がもられて見えました。なにとぞからだを大切にして、頭を使い過ぎないように注意して下さい。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
そしてマリユスは、そういう際におけるその崇高な幽鬱ゆううつ顔貌がんぼうに対して、自ら驚嘆を禁じ得なかった。
椴松帯とどまつたいが向うに見えた。すべてのが裸かになった中に、この樹だけは幽鬱ゆううつな暗緑の葉色をあらためなかった。真直な幹が見渡す限り天をいて、怒濤どとうのような風の音をめていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
室はどうかすると、幽鬱ゆううつそうに黙り込んでしまった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
会長室に居残って、果てしもない幽鬱ゆううつな冥想に耽って居た園田敬太郎は、帰って来た花房一郎の顔を見ると、わずかに平常の冷静を取り返しました。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ただ、かれこれ一年ばかり経って、私が再び内地へ帰って見ると、三浦はやはり落ち着き払った、むしろ以前よりは幽鬱ゆううつらしい人間になっていたと云うだけです。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
青白い幽鬱ゆううつな顔も、少し上気のぼせて、半殺にされた毒虫のように、ワナワナふるえる唇、美しい頬の肉は醜く引吊って、眼は魔神の像のギヤーマンの眼玉のように、ギラギラと虚ろな光を投げます。
死の予告 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)