寒暄かんけん)” の例文
見ざりし世の人をその墳墓にふは、生ける人をその家に訪ふとは異りて、寒暄かんけんの辞をのぶるにも及ばず、手土産たづさへ行くわづらひもなし。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それ以前とて会えば寒暄かんけんを叙する位の面識で、私邸を訪問したのも二、三度しかなかった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
れいの通りおく一間ひとまにて先生及び夫人と鼎坐ていざし、寒暄かんけん挨拶あいさつおわりて先生先ず口を開き、このあいだ、十六歳の時咸臨丸かんりんまるにて御供おともしたる人きたりて夕方まではなしましたと、夫人にむかわれ
その頃あらたに隣家へ引移ッて参ッた官員は家内四人活計ぐらしで、細君もあれば娘もある。隣ずからの寒暄かんけんの挨拶が喰付きで、親々が心安く成るにつれ娘同志も親しくなり、毎日のようにといとわれつした。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
寒暄かんけんの挨拶よりも一層低い声で、且極めて何気ないやうな軽い調子で「その後何かお書きになりましたか。」或は「何かお読みになりましたか。」といふのである。
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
西洋にては男子は寒暄かんけんにかかはらず扇子を手にすることなし。扇子は婦人の形容に携ふるものたる事なほ男子の杖におけるが如し。されば婦人にても人の面前にては扇を開きてあふぐ事なし。
洋服論 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)