動坂どうざか)” の例文
あの梅の鉢は動坂どうざかの植木屋で買ったので、幹はそれほど古くないが、下宿の窓などにせておいて朝夕あさゆうながめるにはちょうど手頃のものです。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
車道を横断よこぎっていると、ちょうど動坂どうざかの方から出て来た電車がやって来て、すぐ眼の前でとまったので、急いでその電車の前を横断よこぎろうとした。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
狭苦しい動坂どうざかの往来もふだんよりは人あしが多いらしかった。門に立てる松や竹も田端青年団詰め所とか言う板葺いたぶきの小屋の側に寄せかけてあった。
年末の一日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これも他愛のないお芝居なのか、さあこれから忙しくなるぞ、私は男を二階に振り捨てると、動坂どうざかの町へ出て行った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「何とか委員というのだろうが、あの達磨だるまのように肥っていた奴が、有名な市会議員の動坂どうざか三郎という人物だ」
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わたしはその賑わいを後ろにしていけはたから根津の方角へ急いだ。その頃はまだ動坂どうざか行きの電車が開通していなかったので、根津の通りも暗い寂しい町であった。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
瀬戸は名刺を出して、動坂どうざかの下宿の番地を鉛筆で書いて渡した。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
動坂どうざかから電車に乗って、上野うえので乗換えて、ついで琳琅閣りんろうかくへよって、古本をひやかして、やっと本郷ほんごう久米くめの所へ行った。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山崎朝雲やまざきちょううんと云うひとの家の横から動坂どうざかの方へぽつぽつ降りると、福沢一郎ふくざわいちろう氏のアトリエの屋根が見える。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
それから三人はもとの大通りへ出て、動坂どうざかから田端たばたの谷へ降りたが、降りた時分には三人ともただ歩いている。貸家の事はみんな忘れてしまった。ひとり与次郎が時々石の門のことを言う。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上野の山を黙々として歩いていた省三は、不忍しのばずの弁天と向き合った石段をおり、ちょうど動坂どうざかの方へ往こうとする電車の往き過ぎるのを待って、電車みちをのそりと横切り弁天の方へ往きかけた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
食堂を出て動坂どうざかの講談社に行く。おんぼろぼろの板塀いたべいのなかにひしめく人の群をみていると、妙にはいりそびれてしまう。講談社と云うところはのみの巣のようだと思う。文明も何もない。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)