上洛のぼ)” の例文
同じ役目を持って来ている者は、大阪、伏見ふしみ、洛中洛外、奈良あたりまでわたって、およそ二十二、三名は上洛のぼっている。それ以外は何も知らん
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……と云うのはここにいる人数こそ、六十人にも不足だが、なお後から続々と、大勢の者が上洛のぼるのだ、のみならず土右衛門つちえもん槌之介つちのすけも、衆をひきいて上洛るのだ。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「おん奥の方には、先つ頃、上洛のぼりました節、清水きよみず御堂みどうのほとりで、よそながらお姿を拝したことがござりますが、おやかたには、今宵が初めて」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「かのうた。——そちはまだ知るまいが、つい先頃、殿のお供して、京都へ上洛のぼり、無事帰城して、御城内に勤めている」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『けれど、今度お上洛のぼりになる沖田おきた様も伏原ふせはら様も山口様も、皆、御浪人のうえに、日頃のお暮しとて、私たちよりもっと貧しいお方さえあるのに』
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
初めて、不毛の坂東曠野から上洛のぼって来て——京都に入る第一歩を、あの高い所において、加茂川や、大内裏や、柳桜の、折ふし春の都を、一望して
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、さし当って、その仲間へ加入して京都へ上洛のぼるには、どうしても、四、五十両の金は入用だった。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『いえのう……初めて言うが、この老母こそ、広島を立つ時から、そなたを叱るつもりで上洛のぼったのじゃ。きっと叱ろうぞ、と心を鬼に、この杖を持っての……』
梅颸の杖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もし小牧の御陣を押し進めてお上洛のぼりあらば、成政は前田を蹴ちらして、江州ごうしゅう、京都へなだれ入り、大坂城の道をって、猿めを、囲い捕りにしてお目にかけよう。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法然ほうねんを途上で聞いて、都へ上洛のぼるのを断念して、へ去った親鸞の本願は、今こそ届いた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『でも……折角せっかく、あなた様にも、京都へ上洛のぼるおつもりで落札おとしたお金でございましょうに』
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、暇どった。又左、来春陽気が好うなったなら、また上洛のぼられい。ゆるりとな」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その杜鵑管という笛は、先おととしの事、まだ彼女の父が壮健で、近国の乱も小康を得ていた折、京都みやこ上洛のぼって、清水へ詣った時に、稀〻たまたま一度父の手に入ったことのある品なのである。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、老賊の老巧で、やりたい贅沢ぜいたくは、年に何度か、伊勢詣りの、検校けんぎょうの試験に上洛のぼるのだと称して、上方へ行って散財し、江戸では、導引暮らしの分を守り、決してをあらわさない。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ごぶさたいたしました。今年もまた、上洛のぼって参りましたので」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、そんな消息が来たので、沢庵はこの春上洛のぼって来たのだった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「京都へ。殿もお上洛のぼりとはいかがなわけでございますか」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もう、十年も前になります。私は、東国から上洛のぼって来たばかりで、八坂の辺で、賊に出あい、その夜、賊の召捕りと一しょに、私も、この獄舎に、一晩、置かれたことがありました。その時の、田舎出の小冠者ですが」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「やあ新田か。よう上洛のぼってみえたの」