上前うわまえ)” の例文
岡ッ引どもは霜に逢った菜ッぱのようにかじかんでしまって、膝小僧をなでたり、上前うわまえをひっぱったり、ひとりとして顔をあげるものもない。
顎十郎捕物帳:05 ねずみ (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
金では取れないと見ると帳場は立毛たちけうちに押収してしまう。従って市街地の商人からは眼の飛び出るような上前うわまえをはねられて食代くいしろを買わねばならぬ。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
つまり、利休を「まいす」と呼んだのは、彼が自己の位置を利してしばしば賄賂わいろをとったり、道具の売買の上前うわまえをはねたりしたことを指すのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
上前うわまえ摺下ずりさがる……腰帯のゆるんだのを、気にしいしい、片手でほつれ毛を掻きながら、少しあとへ退さがってついて来る小春の姿は、道行みちゆきからげたとよりは
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と若子さんは屈んで、グイッと上前うわまえを引いた。小宮君は奴凧やっこだこの形になって、よろける真似をした。馬鹿々々しくて見ていられないけれど、今更仕方がない。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そのままでお出かけですから、「被布ひふ上前うわまえが汚れていますよ」といいますと、「こうすればよかろう」と、下前を上にして平気でいられるのを笑ったりなどもしました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
按摩あんま療治をしているが、実は、したたかな悪党で、世間の信用を利用して、ここかしこの穴を見つけ、悪い仲間にゆすらせたり、泥棒の上前うわまえをハネたりしているような男だった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あくせくして働いたお金をあつめて金持ちになっているのだから、言って見れば泥棒のようなもんで、その泥棒の上前うわまえねて来て、最も困ってる貧乏な人達にわけてやるのだったら
街底の熔鉱炉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そして子供の胸から下をめった打ちに打っては地面に落ちた。子供の上前うわまえにも地面にも白い液体が流れひろがった。
卑怯者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
久美子は癇をたてて、ナイト・ガウンの上前うわまえをおさえながら隆のほうへ向きかえた。
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その時つぶてが、いきなり縁先から飛んで来て、私に当ったと思ったら、赤インキのつぼでした。ふたが取れて、インキは私の上前うわまえ一ぱいにかかったのです。「あ」という声が三個所から起りました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)