“なほき”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
直記33.3%
直木33.3%
直喜33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
直記(なほき)と誠之進とは外貌のよく似てゐた如く、気質(きだて)も本当の兄弟であつた。両方に差支のあるときは特別、都合さへ付けば、同じ所に食(く)つ付き合つて、同じ事をして暮してゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
丁度直記(なほき)の十八の秋(あき)であつた。ある時二人(ふたり)は城下外(じやうかはづれ)の等覚寺といふ寺へ親(おや)の使に行つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
何(なに)か事(こと)が起(おこ)つたのかと思つて、上(あが)り掛(が)けに、書生部屋を覗(のぞ)いて見たら、直木(なほき)と誠太郎がたつた二人(ふたり)で、白砂糖(しろざとう)を振(ふ)り掛(か)けた苺(いちご)を食(く)つてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
左(さ)うさなあ。実際世(よ)の中(なか)の事は、何(なに)が何(ど)うなるんだか分(わか)らないからな。——梅(うめ)、今日(けふ)は直木(なほき)に云ひ付(つ)けて、ヘクターを少し運動させなくつちや不可(いけな)いよ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
文学博士狩野直喜(なほき)氏は洛東田中町(ちよう)に住んでゐる。田中町は以前お玉杓子や二十日鼠が棲んでゐた頃は村といつたものだが、大学教授の家(うち)や牛乳屋(ミルクホール)が出来るやうになつてから町といふ事になつた。