“あまべ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:アマベ
語句割合
天部28.6%
海部28.6%
余戸14.3%
余部9.5%
海人部9.5%
海畔4.8%
阿麻別4.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
天和・貞享年間の「雍州府志」には、京都天部あまべ部落の状態を記して、その家富める者多しと書いてあるが、これはひとり天部のみの事ではなかった。
事が起ると足擦あしずりしてお妬みなさいました。しかるに天皇、吉備きび海部あまべあたえの女、黒姫くろひめという者が美しいとお聞き遊ばされて、し上げてお使いなさいました。
やはり京の余戸あまべと同じく、人の嫌う職業に従事するとか、或いはどこにも材料の得やすい竹細工に従事するとかいう様な事もありまして
文字には「天部あまべ」または「余部あまべ」とも書きまして、もとは皮田かわたとも穢多えたとも言われておりました。これは昔の「余部あまべ」というものの名称を継いでいるのでありましょう。
伊波普猷いはふゆう氏の『あまみや考』は努力の著述だが、アマミは海人部あまべなるべしという栗田翁の説を受けて、この種族の北からの移住をほぼ承認しておられる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
九三からすかしらは白くなるとも、都にはかへるべきときもあらねば、定めて九四海畔あまべおにとならんずらん。
越多えつたの種落之を阿麻別あまべと謂ふ。和名抄を按ずるに、載する所諸国の郷名に余戸あまべと称する者一国或は十余所に及ぶ。(中略)。昔王化の盛なるや、唐土・三韓の民の来帰する者、国史記を絶たず。
エタ源流考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)