無駄むだ)” の例文
それで、その山へ登るつもりで嘉義かぎという町へ行ったのだが、嘉義で無駄むだに二日とまって、朝の五時半ごろに汽車でその町を出発した。
蝗の大旅行 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
「太田さん教誨師に何を頼みなすった?」「なに、本を貸してもらおうと思ってね」「そりゃ、あなた、無駄むだなことをしなすったな。 ...
(新字新仮名) / 島木健作(著)
一塊の土の乾いた頂をかかとでふみつぶして、その下の方に掘られてる谷間を埋める時には、一日を無駄むだには暮さなかったのだと考えた。
「うむ、あんまり饒舌しゃべらない人よ。そうしてじろじろ人の顔を見ながら時々口をいて、ちっとも無駄むだをいわない人。私あんな人好き」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
隠しても無駄むだであるとすれば、私の留守に夫が果してあの内容を盗み読みしたかどうかを、せめて確かめる方法だけは講じておきたい。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いろよい返事へんじしたためたおせんのふみを、せろせないのいさかいに、しばしこころみだしていたが、このうえあらそいは無駄むださっしたのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
その田舎へひとりでは行くことが出来ずに、私は都会のまん中で、一つの奇蹟きせきの起るのを待っていた。それは無駄むだではなかった。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私は得意になってあたりを見まわして、こう独言ひとりごとを言った。——「さあ、これで少なくとも今度だけはおれの骨折りも無駄むだじゃなかったぞ」
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
ただこれも江戸末期のごたごたした風が残って、無駄むだな労力をかけることが多く、出来るだけ細かな細工をするのを誇るようであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いたずらに悲観することも、無駄むだなことですが、楽観することも慎まねばなりません。油断と無理とはいつの時代でも禁物です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
無駄むだな探し物ですけれど、おしなさいと止めだてする気も起らず、余りのことに涙ぐんで、兄のうしろ姿をじっと眺めていたものですよ。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……私ねえ、この仕事をするようになってから、もとのような無駄むだなこと、キッパリやめたのよ。第一そんな気がなくなったの、不思議よ。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それは要約せる美の精粋であり、最も無駄むだのない芸術的表現である。玄の玄、妙の妙なる音芸術の至境であると言ってもよい。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
大切な事業の、他にいくらも手がつけられずにいる今日だ。我々はなるだけ無駄むだなことのために、心力を銷磨しょうませぬようにしなければならない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
目をつぶって、覚悟かくごをしろ、逃げようとしても、それは無駄むだだぞ——と、おそろしい威迫いはくの目をもって、胴田貫どうたぬきの大刀を面前にふりかぶった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もうこれ以上他を廻るのは無駄むだであると木之助は思った。そこで最後のたのしみにとっておいた味噌屋の方へ足を向けた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
何百何千の花の中には、たまに一つくらい結実してもよさそうなものだが、それが絶対にできなく、その花はただ無駄むだに咲いているにすぎない。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
大まじめで自分を放蕩者ほうとうものと思いんで、「ああ、もし無駄むだに時を浪費ろうひさえしなかったら、えらいことができたのになあ!」
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
うてかすことまこととはおもはぬこなたに、言託ことづけるのは無駄むだぢやらうが、ありやうは、みぎものは、さしあたりこなたかげを、つかまうとするではない。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「——忍耐を説くのは無駄むだであろう。人民はもはや忍耐はしないであろう。そしてもし食物が出て来なかったならば、彼らはパン屋を掠奪するだろう」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
それだのに悪魔どもがこの大戦争を始めましたおかげで、せつかくの神様の思召おぼしめし無駄むだになつて、そんなものは皆踏みにじられ焼き枯らされてしまひました。
悪魔の尾 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
色々いろ/\折檻せつかんもしてたが無駄むだなので親父おやぢ持餘もてあまし、つひにお寺樣てらさま相談さうだんした結極あげくかういふ親子おやこ問答もんだふになつた。
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
恐らく洗煉琢磨せんれんたくまされ、その表現の一々がテエマにたいして少しの無駄むだも、少しのゆるみもなく、簡潔緊張かんけつきんちやうきはめてゐるてんに於て、志賀氏の作品程さくひんほどなのはありません。
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
すずりを引き寄せて宮は紙へ無駄むだ書きをいろいろとあそばし、上手じょうずな絵などをいてお見せになったりするため、若い心はそのほうへ多く傾いていきそうであった。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ほそいけむりこそててゐるがのとしより は正直しやうじきで、それになにかをけつして無駄むだにしません。それで、パンくづ米粒こめつぶがよくすゞめらへのおあいそにもなつたのでした。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
めぐまれた環境を無駄むだにしてはいかん。だけど、役者とは、おどろいたなあ。とに角それじゃ斎藤さんに、紹介の手紙を書きましょう。持って行ってみなさい。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼等かれらため平生へいぜいほとんどなかば以上いじやう無駄むだ使つかはれてほのほかまどくちからまくれてつた。しか餘計よけいれていづほのほかれ自由じいううしなうてこほらうとしてあたゝめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
すなはこれ實行じつかうせんとすれば現在げんざい國民こくみん消費せうひ相當さうたう程度ていど節約せつやくせしむるよりほかにないのである。くしてはじめ冗費じようひせつ無駄むだはぶかしむることが出來できるのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
ただしかしながら無駄むだな労に終ることを悲しむ。俳句に花鳥諷詠、客観描写という鉄則は変らない。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それは邂逅たまさかの事で、大方は下坐敷でお政を相手に無駄むだ口をたたき、或る時は花合せとかいうものを手中にろうして、如何いかがな真似をした上句あげく寿司すしなどを取寄せて奢散おごりちらす。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
今の人はどうも外見みえという方へ無駄むだな金銭をつかって実用という方へは大層倹約するように思えますね
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
一身をかえりみてもあるいは他人を見ても、月給が入った、金をもうけたからとて、無駄むだ浪費ろうひをしている人を見ると、彼奴きゃつめ一円取って一円の財布さいふを買っているわいと思う。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
私は唯重々しい樣子と仕事に專念することのみが受け入れられ、その他のものを固持したりねらつたりする努力は、彼の前では悉く無駄むだだといふことを知り拔いてゐた。
なんでもこの記事に従えば、喪服もふくを着た常子はふだんよりも一層にこにこしていたそうである。ある上役うわやくや同僚は無駄むだになった香奠こうでんを会費に復活祝賀会を開いたそうである。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
清潔な沢山たくさんの寝台の中には貧しい母親たちが彼女たちから奪はれて行つた産児への手振りを無駄むだにガランとした空間に描いてゐる。母親たちの眼は力無く終夜閉ぢられてゐる。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
一顰一笑いっぴんいっしょうによって愛嬌あいきょうをまき、米を得んとする料理研究家がテレビに現われて、一途いちずに料理を低下させ、無駄むだな浪費を自慢して、低級に生きぬかんとする風潮がつのりつつある。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
真によく対手あいてんでもらうためには、対手が自分の親友知己ちきであり、自分の心持ちや性格やを、充分によく知っているものでない限り百万言を費して無駄むだになる場合が多い。
そしてよりよく思想を打ち込むために、同じ語を繰り返すことが有効であるならば、繰り返し、打ち込み、他の語を捜すな。一語たりとも無駄むだになすな。言葉は行動であらんことを!
日が暮れて、鶏小舎とりごやめると、彼は、第一の用心をしておくのであるが、それも無駄むだで、明日の朝までは、とても持ちそうにない。晩飯ばんめしを食い、ぐずぐずしていると、九時が鳴る。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
園絵そのえのほうは、かなりにきびしくしらべを致したようじゃが、無駄むだだったようじゃ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この裏町に萩野はぎのと云って老人夫婦ぎりでらしているものがある、いつぞや座敷ざしきを明けておいても無駄むだだから、たしかな人があるなら貸してもいいから周旋しゅうせんしてくれとたのんだ事がある。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だが、ときめきだけが胸に残つて、いくら眼を閉ぢても無駄むだになつた。今度は納所なっしょ部屋の角を曲ると直ぐ宗右衛門は横を向いた。その上にまたかたく眼を閉ぢた。しかし、矢張りいけない。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ちゃって、伊太利イタリイに肉迫した、必死の力漕には、すさまじいものあり、すでに、英伊二そうとも、ゴオルに着いているだけ、外国人は、無駄むだな努力に必死な、ぼく達をあきれてみていたらしい。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
無駄むだばなしのりやりに調子てうしづいて旦那だんなのお商買しようばいあてませうかとおたかがいふ、何分なにぶんねがひますとのひらを差出さしだせば、いゑそれにはおよびませぬ人相にんさうまするとて如何いかにもおちつきたるかほつき
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『それにはなしするのは無駄むだだわ、其兩耳そのりやうみゝないうちは、すくなくとも片耳かたみゝないうちは』とおもつてると、たちま全頭ぜんとうあらはれたので、あいちやんはつて紅鶴べにづるろし、競技ゲームかずかぞはじめました
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
それら重量ある古知識の中から、かれは、文字の霊についての説を見出みいだそうとしたが、無駄むだであった。文字はボルシッパなるナブウの神のつかさどりたもう所とよりほかには何事も記されていないのである。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
だから他郷よそへ出て苦労をするにしても、それそれの道順をまなければ、ただあっちこっちでこづきまわされて無駄むだに苦しいおもいをするばかり、そのうちにあろくで無い智慧ちえの方が付きがちのものだから
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
でも火星くわせい生物いきものがゐなかつたら かういふ研究けんきう無駄むだになるわね
わたしは何やら訳もわからない無駄むだづかいをしている。
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
気がたしかならこの一瞬ひととき無駄むだにするな
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)