がけ)” の例文
あのまっ赤な火のやうながけだったのです。私はまるで頭がしいんとなるやうに思ひました。そんなにその崖が恐ろしく見えたのです。
(新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
十番地は乃木坂のぎざかのちかく、わたしの住居すまいの裏のがけの上になっている。いま、音楽家の原信子はらのぶこの住んでいるところとの間になっている。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
こういう谷が松林の多いがけはさんで、古城の附近に幾つとなく有る。それが千曲川ちくまがわの方へ落ちるに随って余程深いものと成っている。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
とたんにがけの両側からバラバラと飛び下りて来た野袴のばかまの武士、前をふさいで十人あまり、いずれも厳重な草鞋わらじがけ、柄頭つかがしらをそろえて
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その足もとには、波がまっ白なあわをとばして、くだけっています。ガンたちは、そのがけめがけて、ま一文字もんじに飛んでいくのです。
みぎひだりけずったようなたかがけ、そこらじゅうには見上みあげるような常盤木ときわぎしげってり、いかにもしっとりと気分きぶんちついた場所ばしょでした。
美奈子が宮の下のにぎやかな通を出はずれて、段々さみしいがけ上の道へ来かゝったとき、丁度道の左側にある理髪店の軒端のきばたたずみながら
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ほばしらの様な支柱を水際のがけから隙間すきまもなく並べ立てゝ、其上に停車場は片側かたかわ乗って居るのである。停車場の右も左も隧道とんねるになって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そして男をのろうています。男は女を捕えました。無理に引っぱってがけのそばに行きました。……あゝあぶない。……(叫ぶ)あッ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
お茶の水のがけに、後ろ半分乗出したようなお関の家の、往来から完全に隠された裏の空地に、お由良の死骸はむしろかぶせられてあります。
山の上では今常磐ときわ花壇のある所は日吉ひえ山王の社で総彫り物総金の立派なお宮が建っていました。その前のがけの上が清水堂きよみずどう、左に鐘楼堂。
がけぷちに枝を差しのべていた山百合と一緒に、その辺に咲いている野性の花をむしり取って来て、鉄柵を乗り越えて墓前に供えて置いた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
其時そのとき小犬こいぬほどな鼠色ねづみいろ小坊主こばうずが、ちよこ/\とやつてて、啊呀あなやおもふと、がけからよこちゆうをひよいと、背後うしろから婦人をんな背中せなかへぴつたり。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
河の流れが一雨ひとあめごとに変るようでは、滅多めったなところへ風呂を建てる訳にも行くまい。現に窓の前のがけなども水にだいぶん喰われている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『静岡県方言辞典』によれば、かの県内のいずれの地方かでは、がけのことをガレといい、また渓川に沿える細路をばカレというそうだ。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
巻向まきむくは高い山だろう。山のふもとがけに生えている小松にまで雪が降って来る、というので、巻向は成程なるほど高い山だと感ずる気持がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
うしろはもろくなった粘土質のあまり高くないがけで、その上にはずんぐりと横に伸びた古い椎の樹が七八本並び、篠竹しのだけ灌木かんぼくが繁っている。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
我々の生きる道にはどうしてもそのようでなければならぬがけがあって、そこでは、モラルがない、ということ自体が、モラルなのだ、と。
文学のふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
けば、海賊かいぞくが、あのがけうえに、なにかたからかくしているということであるが、だれも、そこへりにゆかれないというのでした。
サーカスの少年 (新字新仮名) / 小川未明(著)
海につきでた岩山のがけに、大きな洞穴ほらあながありましたので、そのなかにはいつてかゞみこんでゐると、ついうと/\とゐねむりをしました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
「まず第一にとりかかることは、ラツール記者の姿が消えたというがけのあたりを捜索そうさくすることだ。早速みんなで行ってみようじゃないか」
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あぶない‥‥あぶない‥‥他人の事のように思いながら、君の心は君の肉体をがけのきわからまっさかさまに突き落とそうとする。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
がけをおりかかると下から大学生が二三人、黄色い声でアリストートルがどうしたとかいうような事を議論しながら上って来る。
どんぐり (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おつぎはみぎはへおりようとおもつてしのけてると其處そこがけつて爪先つまさきからちたちひさなつちかたまりがぽち/\とみづつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そしてその城が落城する時に、奥方や姫たちが、池に入るかがけからとび降りるかして死んだというような伝説が残っていた。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
才兵衛はひとり裏山に登ってすぎの大木を引抜き、牛よりも大きい岩をがけの上から蹴落けおとして、つまらなそうにして遊んでいた。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
なほ半町ほど辿たどつて行くと、もう其処は尾谷川のがけで、石に激する水声が、今迄種々いろ/\な悪声を聞いた自分の耳に、ほとんど天上の音楽の如く聞える。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
パッシィの町が尽きたところから左手へ折れ、そこからやや勾配こうばいを上る小路の道には、古風な石垣が片側のがけを防いでいた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そのひとり遙かに叫びていひけるは、汝等がけを下る者いかなる苛責をうけんとて來れるや、その處にて之をいへ、さらずば弓かむ 六一—六三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
線路の上まで白いしぶきのかかるあの蒼茫そうぼうたる町、崩れたがけの上にとげとげと咲いていたあざみの花、皆、何年か前のなつかしい思い出である。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
旱の為に水のつた摺鉢形すりばちなりの四はうがけの土は石灰色いしばいいろをして、静かにたヽへた水の色はどんよりと重く緑青の様に毒々しい。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
見櫓みやぐらを伝って下りて来て、豆腐屋の角を右に折れて、学校道に出て、がけの下に牛がいたら、崖上の細道を通って、そして私の家まで来なさい」
童話における物語性の喪失 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
私の故郷の村は、利根川のがけの上にある。その崖に続いた雑木林のなかには、私の幼いときまで随分狸がんでゐた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
けわしいがけ中腹ちゅうふくを走っている列車は、それと同時どうじすうしゃくの下にいわをかんでいる激流げきりゅうに、墜落ついらくするよりほかはない。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
がけの中途に乱生しためたい草の株をつかむたんびに、右手の指先の感覚がズンズン消え失せて行くのを彼は自覚した。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それにもかかわらず寺院は今なお市中何処いずこという限りもなく、あるいは坂の上がけの下、川のほとり橋のきわ、到る処にその門と堂の屋根をそびやかしている。
彼女は川の方へと行く。がけのうへに出る木扉を押さうとして彼女はフトたたずむ。彼女はすぐ傍に忍びやかな話声を聞く。男の声と女の声がきこえる。——
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
その散歩の間、ドロシイは絶えずはしゃいでいたが、その帰途、突然一つの小さながけの上へよじのぼってしまった。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
イエスの許しを得て、悪鬼が豚に入ったから、約二千匹の群れががけを駆け下って湖水に入り、おぼれてしまいました。
「そうですよ。高野山でがけから落っこちて怪我けがしたですよ。ほらね、足も膝皿ひざさらくじいて一週間もんでもらって、やっと歩けるようになったですよ。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
細き橋を渡り、せまがけぢて篠田は伯母の軒端近く進めり、綿糸いとつむぐ車の音かすかに聞こゆ、彼女かれは此の寒き深夜、老いの身のほ働きつゝあるなり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
暗緑のしめっぽい木立を抜けるとカラリと晴れた日を充分いっぱいに受けて、そこはまばらに結った竹垣たけがきもいつか倒れてはいたが垣の外は打ち立てたようながけ
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
大川が急に折れて城山じょうざんふもとをめぐる、そのがけの上を豊吉ひとり、おのが影を追いながら小さな藪路やぶみちをのぼりて行く。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
右には桜若葉の小高いがけをめぐらしているが、境内はさのみ広くもないので、堂の前の一段低いところにある家々の軒は、すぐ眼の下に連なって見える。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これに反して団子坂に近い処には、道の東側に人家が無く、道はがけの上を横切っていた。この家の前身は小径を隔ててその崖に臨んだ板葺いたぶきの小家であった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
はるになつてゆき次第しだいけた或日あるひ墓場はかばそばがけあたりに、腐爛ふらんした二つの死骸しがい見付みつかつた。れは老婆らうばと、をとことで、故殺こさつ形跡けいせきさへるのであつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
見上げるような両側のがけからは、すすき野萩のはぎが列車の窓をでるばかりにい茂って、あざみや、姫紫苑ひめじおんや、螢草ほたるぐさや、草藤ベッチの花が目さむるばかりに咲きみだれている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
そして彼は三尺ほどのみぞを飛び越え、熊笹くまざさの茂っている一けんあまりのがけをよじ登ると上から手を差しのべた。
もうむこうのがけへあがったのか船頭の声は遠くなって聞えた。おかのほうには三つ四つのが見えた。父親は船頭に返事をしようとしたことばを控えて女の顔を見た。
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
するとそのしばはちょうどがけの上にてかけてあったものですから、山姥やまうば自分じぶんのからだのおもみで、しばをかかえたまま、ころころとたにそこへころげちました。
山姥の話 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)