土間どま)” の例文
しばらくするとドカドカと二、三人の人が、入りのすくない土間どまの、私のすぐ後へ来た様子だったが、その折は貞奴の出場でばになっていた。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
土間どまから眼を放したお延は、ついに谷をへだてた向う側を吟味ぎんみし始めた。するとちょうどその時うしろをふり向いた百合子が不意に云った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
云いたいことを云ってしまった女房は、やっと体が軽くなったので、土間どまへおりて微暗うすぐらい処で、かたかたと音をさしはじめた。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
小作人たちはあわてて立ち上がるなり、草鞋わらじのままの足を炉ばたから抜いて土間どまに下り立つと、うやうやしく彼に向かって腰を曲げた。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
不思議に、蛍火ほたるびの消えないやうに、小さなかんざしのほのめくのを、雨と風と、人と水のと、入乱いりみだれた、真暗まっくら土間どまかすかに認めたのである。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
車を引き込むので土間どまは広いのですが、ただ二間のようですから、引子はどこへ寝かすのかと聞きましたら、「二階です」といいます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
他の客も案外多くて、土間どまの七、八分は埋められていた。これらの人々も恐らくわたしと同じような好奇心を以て入場したのであろう。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「うむ、一しよにしてくろ」とおつたはやはらかにいつた。勘次かんじふたつを等半とうはんぜてそれからまたおほきな南瓜たうなすつばかり土間どまならべた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
細工場はいちだん低い土間どまになっている。のみをぐ砥石やら木屑きくずやら土器の火入れなど、あたりのさまは、らちゃくちゃない。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
室へ帰る時、二階へ通う梯子段はしごだんの下の土間どまを通ったら、鳥屋とやの中で鶏がカサコソとまだ寝付かれぬらしく、ククーと淋しげに鳴いていた。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
やがて仕事しごとがおわって、あにながしでをあらっていると、土間どまのかたすみで、ペスが、おとうとのあたえためしべているのがはいりました。
ペスときょうだい (新字新仮名) / 小川未明(著)
勘太郎かんたろうはそうひとりごとを言って、それから土間どまの柱をよじ上って、ちょうど炉端ろばたがぐあいよく見えるあなのあいている天井の上に隠れた。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
どうかすると紅葉や露伴や文壇人の噂をする事も時偶ときたまはあったが、舞台の役者を土間どま桟敷さじきから見物するような心持でいた。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
最も普通の形は畠の片端かたはしに、または家の土間どまの隅に、小さな鼠の穴があって、爺が誤って一粒ひとつぶ団子だんごを、その穴へ転がし落してしまうのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
うぞ此方こつちへお上りやはつとくれやす。』と、土間どま床几しやうぎに腰をかけてゐる二人をひて、奧まつた一室に案内した。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
蝋燭をかざして根太板ねだいたの落ちた土間どまを見下すと、竹の皮の草履が一足いつそくあるので、其れを穿いて、竹の葉をけて前に進むと、蜘蛛の巣が顔に引掛る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
突如とつじょ、はでな色彩いろどりが格子さきにひらめいたかと思うと、山の手のお姫様ふうの若いひとが、吹きこむ雨とともに髪を振り乱して三尺の土間どまに立った。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もうそろそろ夜風の寒くなりかけた頃の晦日みそかであったが、日が暮れたばかりのせいか、格子戸内の土間どまには客は一人もいず、鉄の棒で境をした畳の上には
梅雨晴 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
館内は、土間どまも二階も三階も、ぎっしりと客が詰まって居るらしく、し暑い人いきれで濛々もう/\と煙って居た。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大変寒いので気がついてみますと、もう夜は明けかかり、わしは元の室の土間どまの上にころがっているという始末しまつ
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ちょうどそのころ、サーカスの中では、まんなかの丸い土間どまに、はなやかな曲馬きょくばがおこなわれていました。
サーカスの怪人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
同時にまた博奕打ちらしい男も二三人の面会人と一しょに看守のあとについて行ってしまった。僕は土間どまのまん中に立ち、機械的に巻煙草に火をつけたりした。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今夜こんやまた木戸番きどばんか、なんたらこと面白おもしろくもないと肝癪かんしやくまぎれに店前みせさきこしをかけて駒下駄こまげたのうしろでとん/\と土間どまるは二十のうへを七つか十か引眉毛ひきまゆげつく生際はへぎは
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかし、昼飯ひるめしもまだなのを思うと、少し心配になった。心配しいしい土間どまでぞうりを作っていると、川本大工だいくのおかみさんが、気ぜわしそうな足どりでやってきた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
礼に往って見ると、おくは正月前らしく奇麗にかれて、土間どまにはちゃんと塩鮭しおざけの二枚もつるしてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あがり口のあさ土間どまにあるげたばこが、門外もんがい往来おうらいから見えてる。家はずいぶん古いけれど、根継ねつぎをしたばかりであるから、ともかくも敷居しきい鴨居かもいくるいはなさそうだ。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
観人みるひとぐんをなして大入なれば、さるの如きわらべどもにのぼりてみるもあり。小娘ちひさきむすめざるさげ冰々こほり/\とよびて土間どまの中をる。ざるのなかへ木の青葉あをばをしき雪のこほりかたまりをうる也。
今晩も電燈が点いたので、鶴見は出居でいから土間どまに降りて、定めの椅子を引き出して腰をおろす。鶴見の席は卓の幅の狭い側面を一人で占めることになっているのである。
こうみえてもまだ貴樣等きさまら臺所だいどころ土間どまにおすはりして、おあまりを頂戴ちやうだいしたこたあ、たゞの一どだつてねえんだ。あんまおほきなくちたゝきあがると、おい、くればんはきをつけろよ
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
土間どまからすぐ梯子段はしごだんが付いている、八畳一間ぎり、食事は運んで上げましょというのを、それには及ばないと、母屋おもやに食べにく、大概はみんなと一同いっしょぜんを並べて食うので
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
やがて奥から、色の白い、眼の細い、意地いじの悪そうな女中じょちゅうが、手に大きいさらを持って出て来たが、その時もまだ二人は、どうしたものかと思案しあんにくれて土間どまにつったっていた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
と、土間どまぎれをけずっている諭吉ゆきちこえをかけました。諭吉ゆきちは、すぐにでてきましたが
室内しつない一部分には土間どま有りて此所ここは火をき、水瓶みづがめを置く爲に用ゐられたるならん。土器どき石器せききの中には小さき物あり、うつくしき物あり。是等これらとこの上に直にかれたりとは考ふる能はず。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
床屋は土間どまで、穴の明いた腰かけの板に客が掛け、床屋は後にまわって仕事をする。
そして足音もなく土間どまへおりて戸をあけた。外ではすぐしずまった。女はいろいろ細い声でうったえるようにしていた。男はっていないような声でみじかく何かきかえしたりしていた。
泉ある家 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
母が毎度の事で天気のい日などには、おチエ此方こっち這入はいって来いと云て、表の庭に呼込よびこんで土間どまの草の上に坐らせて、自分は襷掛たすきがけに身構えをして乞食の虱狩しらみがりを始めて、私は加勢に呼出よびだされる。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
中々なか/\とゞいたもので、土間どまひろく取つて、卓子テーブルに白いテーブルかけかゝつて、椅子いすりまして、烟草盆たばこぼんが出てり、花瓶くわびんに花を中々なか/\気取きどつたもので、菓子台くわしだいにはゆで玉子たまごなにか菓子がります
明治の地獄 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
もっとも入口は小さなもので、中へ入るとその二間四面の漆喰しっくいで固めてある土間どまに、深さ一じょう、長さ六尺、幅六寸ほどの穴が穿うがたれてありまして、その穴の両側に四角な大きな柱が置かれてあります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おどろきと、土間どまりたのが、ほとん同時どうじであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
伊藤は私を土間どますみの方につれて行って言った。
中/\なかなか土間どまにすわればのみもなし 水
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そこで土間どまつかへて、「ういふ御修行ごしゆぎやうんで、あのやうに生死しやうじ場合ばあひ平氣へいきでおいでなされた」と、恐入おそれいつてたづねました。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
卯平うへいせまいながらにどうにか土間どまこしらへて其處そこへは自在鍵じざいかぎひとつるしてつるのある鐵瓶てつびんかけたり小鍋こなべけたりすることが出來できやうにした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
すると、そこのうすぐらい土間どまのすみに、生意気なまいきなかっこうをした少年がひとり、樽床几たるしょうぎにこしかけ、頬杖ほおづえをつきながらはしを持っていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
入口の障子しょうじをがたがたとけて、学生マントを着た小兵こがらな学生が、雨水の光る蛇目傘じゃのめがさ半畳はんだたみにして、微暗うすくら土間どまへ入って来た。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一座の俳優は団十郎、菊五郎、左団次、仲蔵、半四郎、宗十郎、家橘かきつ、小団次、小紫などで、観客は桟敷にも土間どまにも一杯に詰まっていた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
健三は時々薄暗い土間どまへ下りて、其所そこからすぐ向側むこうがわの石段を下りるために、馬の通る往来を横切った。彼はこうしてよく仏様へのぼった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おお、ここのにわとりは、ねこをいかけるな。」と、土間どまほうて、おしょうさんは、さもおどろいたように、おおきなこえでいいました。
子供は悲しみを知らず (新字新仮名) / 小川未明(著)
そういうと、おかあさんはいきなり土間どまへおり、裏庭うらにわへでていきました。林太郎はもう夢中むちゅうになり、はだしのままおっかさんの後をおいかけました。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
夜中にふと眼がさめると台所の土間どまの井戸端で虫の声が恐ろしく高く響いているが、傍には母も父も居ない。戸の外で椶櫚しゅろの葉がかさかさと鳴っている。
追憶の冬夜 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)