友禅ゆうぜん)” の例文
旧字:友禪
あるいはほうけあるは永日ののどかさを友禅ゆうぜんのごと点々といろどっているけしき……いつの間にやら、春はどこにでも来ていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ふと見ると、屏風の蔭に、友禅ゆうぜん小蒲団こぶとんをかけて、枕元に朱羅宇しゅらおのきせるを寄せ、黒八を掛けた丹前にくるまッていた男がある。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠くも無い寺まいりして御先祖様の墓にしきみ一束手向たむくやすさより孫娘に友禅ゆうぜんかっきせる苦しい方がかえっ仕易しやすいから不思議だ、損徳を算盤そろばんではじき出したら
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
わたしは街を歩むうち呉服屋ごふくやの店先にひらめ友禅ゆうぜんの染色に愕然がくぜん目をそむけて去った事もあった。若き日の返らぬよろこびを思い出すまいと欲したがためである。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
小女こむすめ友禅ゆうぜん模様の羽織はおりそでをひらひらとさせながら、いきなり水の中へ飛び込んだが、少しも水の音はしなかった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
友禅ゆうぜんのセリ売り(負けたところで一丈五尺一円二三十銭から三四円まで)、ガスの靴下やメリヤスのシャツの糶売せりうり(前同様で一円から四五円まで)
「あたし十六になったでしょ」とおそのが自分の箪笥の前にひざをつきながら云った、「——それでね、また友禅ゆうぜんの振袖を作ってもらったのよ、きれいよう」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
甚「ナニ、油紙がある、そりゃア模様物や友禅ゆうぜんの染物がへえってるから雨が掛ってもいゝ様に手当がしてあるんだ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
男は三十四五歳の、髪の毛を房々ふさふさと分けた好男子、女は二十五六歳であろうか、友禅ゆうぜん長襦袢ながじゅばんの襟もしどけなく、古風な丸髷まるまげびんのほつれなまめかしい美女。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
赤い金魚をくわえて右往左往すること、あたかも友禅ゆうぜん染紋様そめもようの如くなることを飽かず眺め興じたであろう。
ひょっとこは、秩父銘仙ちちぶめいせんの両肌をぬいで、友禅ゆうぜんの胴へむき身絞みしぼりの袖をつけた、派手な襦袢じゅばんを出している。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「そうさなじゃ困ったな。——おいあすこの西洋人の隣りにいる、こまかい友禅ゆうぜんの着物を着ている女があるだろう。——あんな模様が近頃流行はやるんだ。派出はでだろう」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さすがに、雪之丞が、ハッとしたとき、お初は、赤勝ち友禅ゆうぜんの長襦袢じゅばんの腕がからむ、白い袖を、ふところから襟にくぐらせて、はばかりもなくずいと突き出した。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
舞台には一面に朝顔の模様のついた友禅ゆうぜんの幕が垂れていて、多分序幕の螢狩りのところであろう、駒沢らしい若い侍の人形と、深雪らしい美しいお姫様の人形とが
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あの頃の友達の多くは馬車ばしゃ人力車じんりきしゃで、大切なお姫様、お嬢様、美しい友禅ゆうぜんやおめしちりめんの矢がすりの着物などきて通ったもの。私は養家が護国寺ごこくじの近くにありました。
私の思い出 (新字新仮名) / 柳原白蓮(著)
特に美しいのは刺繍ししゅう類や友禅ゆうぜんである。だがその美しい初期の作を見よ、いかに手法が単純であるか。工程が簡単であるか。模様が簡素であるか。そうして染色が自然であるか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
中には友禅ゆうぜんの赤い袖がちら附いて、「一しょに乗りたいわよ、こっちへおいでよ」と友を誘うお酌の甲走かんばしった声がする。しかし客は大抵男ばかりで、女は余り交っていないらしい。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
美的修飾は贅沢のいいに非ず、破袴弊衣はこへいいも配合と調和によりては縮緬よりも友禅ゆうぜんよりも美なる事あり。名古屋山三なごやさんざ濡燕ぬれつばめの縫ひは美にして伊左衛門の紙衣かみこは美ならずとはいひ難し。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
妻は心持ち首を左にかたむけたまま、かすかな寝息を立てて眠っていたが、その横に、産れ出る女の赤ん坊のために用意してつくった友禅ゆうぜん模様の小さい蒲団ふとんが敷いてあって、その中には
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
前垂れの友禅ゆうぜんちりめんが、着物より派手な柄だから揃っていると綺麗だった。春の夕暮など、鬼ごっこや、目かくしをすると、せまい新道に花がこぼれたように冴々さえざえした色彩いろが流れた。
段梯子の下に突っ立っていながら、目の悪い主婦かみさんは、降りて来るお庄の姿を見あげて言った。お庄は牡丹の模様のある中形ちゅうがたを着て、紅入べにい友禅ゆうぜんの帯などを締め、香水の匂いをさせていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
つまを取った左の手を下腹部へつけ、裾から洩れる友禅ゆうぜん襲衣したぎを、白い脂肪あぶらづいた脛にからませ、走るにつれてぶつかる風に、びんの毛を乱して背後へなびかせ、これもぶつかる風に流れる
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
予は持て居た双眼鏡そうがんきょうかざした。前なるかしほろの内は、丸髷に結って真白まっしろに塗った美しい若い婦人である。後の車には、乳母うばらしいのが友禅ゆうぜんの美しい着物に包まれた女の児をいて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もと云い切らぬうち、つと起き上ッたお勢の体が……不意を打たれて、ぎょッとする、女帯が、友禅ゆうぜん染の、眼前めさきにちらちら……はッと心附く……我を忘れて、しッかりとらえたお勢のたもとを……
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
はじめは単に水上みなかみの、白菊か、黄菊か、あらず、この美しき姿を、人目の繁き町の方へ町の方へと……その半襟の藤色と、帯のにしきを引動かし、友禅ゆうぜんを淡く流して、ちらちらなびかしてまなかったのが
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今宵こよいも弥生が、おのが友禅ゆうぜんを着せた行燈の灯影に、寝つかれぬままに枕に頬をすって、思うともなく眼にうかぶ栄三郎の姿を追い、同時に
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
トム公はかえって、ぎょっとしたように外の闇を見つめた。からたちのいばらをかして華やかな友禅ゆうぜんちりめんと緋鹿ひが帯揚おびあげが見えた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歩くともなしに土橋どばしの上まで歩いて往った山西は、ふと橋のむこうからきれい小女こむすめの来るのを見た。それは友禅ゆうぜん模様の鮮麗あざやかな羽織を着た十六七の色の白い女であった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一番気持の悪いのは、友禅ゆうぜん類の売場の中央に出来ている、等身大のいき人形だった。三人の婦人がそれぞれ流行の春の衣裳をつけて、大きな桜の木の下に立っていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
薄く掛けた友禅ゆうぜん小夜着こよぎには片輪車かたわぐるまを、浮世らしからぬ恰好かっこうに、染め抜いた。上には半分ほど色づいたつたが一面にいかかる。さみしき模様である。動く気色けしきもない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの着物を着て、女の姿で往来を歩いて見たい。………こう思って、私は一も二もなくそれを買う気になり、ついでに友禅ゆうぜん長襦袢ながじゅばんや、黒縮緬の羽織迄も取りそろえた。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
日本の染物の中で、真に美しいものは友禅ゆうぜんである。中でも加賀かが友禅は最も美しい。だがその友禅にも先んじて、友禅と類似するものが、あの遠い南の孤島琉球で作られてあった。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
片隅には「いのち」という字をかさの形のようにつないだ赤い友禅ゆうぜん蒲団ふとんをかけた置炬燵おきごたつ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
つまみの薬玉くすだまかんざしの長い房が頬の横でゆれて、羽織をきないで、小さい前かけ位な友禅ゆうぜんちりめんの小ぶとんに、緋ぢりめんのひものついたのを背にあてて、紐を胸でむすんでさげていた。
闌更の句はすべて赤だの紫だのと、友禅ゆうぜん見たように綺麗きれいにやろうとしたものです。
俳句上の京と江戸 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
へやの中央に、秋の七草をめ出した友禅ゆうぜんちりめんの夜のものが、こんもりと高く敷いてあるが、萩乃は床へはいってはいない。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もう、結納ゆいのうもすみ、あの家では、初春はるの支度で、花嫁の準備で、友禅ゆうぜん小布こぎれや綿屑わたくずが、庭先に掃き出されてあるのでもそれが分る——と、云うのだった。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先生は仰いで壁間へきかんの額を見た。京の舞子が友禅ゆうぜん振袖ふりそでつづみを調べている。今打って、鼓から、白い指がはじき返されたばかりの姿が、小指の先までよくあらわれている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小女こむすめ羽織はおり友禅ゆうぜん模様は、蒼白あおじろい光の燃えついているように、暗い中にはっきりと見えていた。眼をすえて好く見ると、その模様は従来見なれた花鳥かちょうの模様ではなかった。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それでいて、十代の娘時分から、赤いものが大嫌いだったそうで、土用どよう虫干むしぼしの時にも、私は柿色かきいろ三升格子みますごうしや千鳥になみを染めた友禅ゆうぜんほか、何一つ花々しい長襦袢ながじゅばんなぞ見た事はなかった。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お嬢さんたちは、芝居の八百屋お七や油屋あぶらやお染だと思えばまあ間違いはない、御大層なのは友禅ゆうぜんの座ぶとんを抱えさせてくる。お手習だけしているのもあれば、よみものをしにくるのもある。
そのおり小そでのしたにたたんで入れてありました友禅ゆうぜんの長じゅばんをとり出しましてわたくしの前にさし出しながらこれはお遊さまが肌身はだみにつけていたものだがこのちりめんの重いことを
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
日本の染物といえば、誰も友禅ゆうぜんを第一に推すでしょう。友禅が誰であったか、未だ神秘に属するとしても、ともかく友禅と総称される染物が、優れたものであることは誰も認めるでしょう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
着物は友禅ゆうぜんメリンスを滅茶滅茶にわせた、和洋折衷わようせっちゅうの道化服、頭には、普通の顔の倍程もある、張りぼての、おどけ人形の首丈けを、スッポリかぶって、その黒い洞穴ほらあなみたいな口から
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
らい了戒りょうかいの大刀に、衰えた肩をもたせかけ、膝を友禅ゆうぜんの小蒲団にくるんで、相良さがら金吾は昏々こんこんと眠っております。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
へだてふすまだけは明けてある。片輪車の友禅ゆうぜんすそだけが見える。あとは芭蕉布ばしょうふ唐紙からかみで万事を隠す。幽冥ゆうめいを仕切るふちは黒である。一寸幅に鴨居かもいから敷居しきいまで真直まっすぐに貫いている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
せぎすの体に友禅ゆうぜん模様の長襦袢ながじゅばんを着た、二十四五に見える廂髪ひさしがみの女であった。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
然れども余は不幸にしていまだかつて油画の描きたる日本婦女のまげ及び頭髪とうはつに対し、あるひは友禅ゆうぜんかすりしましぼり等の衣服の紋様もんように対して、何ら美妙の感覚に触れたる事なく、また縁側えんがわ袖垣そでがき、障子
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
無月の晩などは、狭いだけあって、左の家は、小ぢんまりと、衣桁いこうに紅い友禅ゆうぜんなどが見える。男気はなく、お墨に、お房、という母娘おやこふたりの女世帯である。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上から友禅ゆうぜん扱帯しごきが半分れかかって、いるのは、誰か衣類でも取り出して急いで、出て行ったものと解釈が出来る。扱帯の上部はなまめかしい衣裳いしょうの間にかくれて先は見えない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)