闃然げきぜん)” の例文
午前三時、四丁目の交叉点に立って新橋の方を眺めると、街燈の光も淡くほのかに、銀座のはざまは深沈たる闇の中に沈み、闃然げきぜんとものの音もない。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
まずへっついの影にある鮑貝あわびがいの中をのぞいて見ると案にたがわず、ゆうめ尽したまま、闃然げきぜんとして、怪しき光が引窓を初秋はつあきの日影にかがやいている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
室内は闃然げきぜんとして、人の呻吟する声その他の物音を聞かざりき。扉をこじ開けたる時は何人もあらざりき。窓は前側のものも後側のものも鎖して内より鑰を卸しありたり。
さ、さ、とお絹の褄捌つまさばきが床を抜ける冷たい夜風に聞えるまで、闃然げきぜんとして、袖に褄に散る人膚ひとはだの花の香に、穴のような真暗闇まっくらやみから、いかめの鬼が出はしまいか——私は胸をめたのです。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
闃然げきぜんたる午時ひるどきの街を行く人は、すぢの如き陰影を求めて夏日の烈しきをかこつといへども、これをこの火の海にたゞよひ、硫黄氣ある毒燄を呼吸し、幾萬とも知られぬ惡蟲に膚を噛まるゝものに比ぶれば
四辺あたりは益〻静かである。森閑闃然げきぜんとして音もない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
近頃は両側へ長家ながやが建ったので昔ほどさみしくはないが、その長家が左右共闃然げきぜんとして空家あきやのように見えるのは余り気持のいいものではない。貧民に活動はつき物である。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)