長可ながよし)” の例文
氏郷うじさと長可ながよし——すぐその坑道から城中へ入れ。敵は二度三度と、火薬をもって、埋めふさぐであろうが、もう容易たやすい。時移すな」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
佐久間右衛門尉うえもんのじょう信盛、池田庄三郎信輝、滝川左近将監一益、丹羽長秀なんぞの勇将が控え、以上四陣地の東方には、蒲生忠三郎氏郷うじさと、森庄蔵長可ながよし、木下藤吉郎秀吉、明智十兵衛光秀等が陣した。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その長可ながよしが、功にはやって、小牧の敵塁てきるいへ、奇襲をしかけたのが、あやまちのもとで、まだ総帥そうすいの秀吉が、この大決戦場へ、着陣もしないうちに、おびただしい序戦じょせん傷手いたで
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城中の一室を、病間とし、先ごろから、満身の負傷てきずを治療していた勝入のむこの森武蔵守長可ながよし
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さても、池田勝入入道信輝にゅうどうのぶてると、むこ、森武蔵守長可ながよしの二隊こそ、いまは、家康の好餌こうじであった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お兄上の長可ながよしどのにも、信濃四郡のほうを受けられ、まことにおおぼえのめでたいことで」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それらの新領地におかれていた蘭丸の兄の森長可ながよしも、河尻秀隆かわじりひでたかも、毛利秀頼もうりひでよりも、いずれはみなこの大地震にも似た地表の変動にその位置を失い、戦歿、流亡、惨たる末路にただよった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)