鉄漿溝おはぐろどぶ)” の例文
田甫たんぼに向いている吉里の室の窓の下に、鉄漿溝おはぐろどぶを隔てて善吉が立ッているのを見かけた者もあッた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
鉄漿溝おはぐろどぶというのについて揚屋町あげやまちの裏の田町の方へ、紺足袋に日和下駄ひよりげた、後の減ったる代物しろもの、一体なら此奴こいつ豪勢に発奮はずむのだけれども、一進が一十いっし二八にっぱちの二月で工面が悪し
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしはむかし北廓を取巻いていた鉄漿溝おはぐろどぶより一層不潔に見える此溝も、寺島町がまだ田園であった頃には、水草みずくさの花に蜻蛉とんぼのとまっていたような清い小流こながれであったのであろうと
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
秤量しやうりやうにかけるやうにして、高い租税を払はなければ飲めないばかりか、川水の姿を見ようとすれば、鉄橋の下の、鉄漿溝おはぐろどぶのやうに、どす黒く濁つた水を、夕暮の空に、両岸の燈火の幻影で
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
道の片側は鉄漿溝おはぐろどぶに沿うて、廓者くるわものの住んでいる汚い長屋の立ちつづいた間から、江戸町一丁目と揚屋町あげやまちとの非常門を望み、また女郎屋の裏木戸ごとに引上げられた幾筋の刎橋はねばしが見えた。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鉄漿溝おはぐろどぶあわ立ッたまま凍ッて、大音寺前の温泉のけむは風に狂いながら流れている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
傍見わきみがてら、二ツ三ツ四ツ五足に一ツくらいを数えながら、靴も沈むばかり積った路を、一足々々踏分けて、欽之助が田町の方へ向って来ると、鉄漿溝おはぐろどぶが折曲って、切れようという処に、一ツだけ
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鉄漿溝おはぐろどぶは泡立ッたまま凍ッて、大音寺前の温泉の烟は風に狂いながら流れている。
里の今昔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
道の片側は鉄漿溝おはぐろどぶに沿うて、廓者くるわものの住んでゐる汚い長屋の立ちつゞいた間から、江戸町一丁目と揚屋町あげやまちとの非常門を望み、また、女郎屋の裏木戸ごとに引上げられた幾筋の刎橋はねばしが見えた。
里の今昔 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
浅草下谷区内では○浅草新堀○御徒町忍川○天王橋かかりし鳥越川とりごえがわ白鬚橋しらひげばし瓦斯タンクの辺橋場のおもい川○千束町せんぞくまち小松橋かかりし溝○吉原遊郭周囲の鉄漿溝おはぐろどぶ○下谷二長町にちょうまち竹町辺の溝○三味線堀。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
時代は忽然こつぜん三、四十年むかしに逆戻りしたような心持をさせたが、そういえば溝の水の流れもせず、泡立ったまま沈滞しているさまも、わたくしには鉄漿溝おはぐろどぶの埋められなかった昔の吉原を思出させる。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)