やっ)” の例文
それで、子供の時分から路傍に物乞いしてやっと生命をつないできた彼は、生きてゆくことの辛苦を厭というほど嘗めさせられたのである。
乞食 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
やっと人の手が這入る程の穴がある、併し穴の中は真暗だ、余は之に手を入れようとしたが、女か子供の手なら格別、余の様な武骨な手は到底這入らぬ
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
若子さんが白い美しい手を、私の方へお伸しでしたから、私も其手につかまって、二人一緒に抱合う様にして、やっと放れないで待合室の傍まで行ったのでした。
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
その内にまず独で乗ることも出来るようになったが、或る時葛岡という馬に乗った時に、急にだくを以て駈出した。私は未だ鞍が固まらぬから非常に驚いて今にも落るかと思ったが、やっと免れた。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
だが、おれはこうしてやっと無罪放免になったばかりなのに、今この瞬間ほど、自分を痛切に罪人だと感じたことはない。
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
... わしはアレを此頃流行るアノ太い鉄の頭挿かんざしを突込んだ者と鑑定するがうだ」大鞆は思わずも笑わんとしてやっ食留くいとめ「女がかえ(谷)頭挿かんざしだからうせ女サ、女が自分で仕なくても曲者が、 ...
無惨 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
やっと百石で家名だけは取止めたのであった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
お前さんはやっと二、三前に起床おきられるようになったばかりじゃないか。それに、こんな天気に外出するとまた悪くなるよ。もう少し我慢をしなさい。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
穴川はやっと言葉を発する有様で、苦痛の中から余に向い時々「有難い」と云う言葉を洩した。余は「艱難には相見互いだ」と答え、口を利くと宜くないから成る可く無言で居ろと親切げに制止した。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
やっとのことで刑死者の墓地へ辿りつくと、彼女はそこへがっくりと膝まずいて、花を地べたに撒きちらした。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
やっとホテルまで帰って来ると、転げるように戸口を入った。ホテルの連中は、例のむっとするうん気と煙りの中でまだ花牌はなをひいていたが、彼女の顔を見ると皆んなが変に黙りこんでしまった。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)