“足(たれ)” の例文
技(げい)も又観(みる)に足(たれ)り。寺岡平右ヱ門になりしは余(よ)が客舎(かくしや)にきたる篦頭(かみゆひ)なり、これも常にかはりて関三十郎に似て音声(おんせい)もまた天然(てんねん)と関三の如し。
信仰の鍛錬すでに足(たれ)り、肉慾すでに減磨せられ、我すでに富貴に負ける慮(うれい)なきに至て神は世の宝を以て我に授けたまうなるべし、世に最も憫察すべきものは富を有してこれを使用し能わざる人なり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
技(げい)も又観(みる)に足(たれ)り。寺岡平右ヱ門になりしは余(よ)が客舎(かくしや)にきたる篦頭(かみゆひ)なり、これも常にかはりて関三十郎に似て音声(おんせい)もまた天然(てんねん)と関三の如し。