菠薐草ほうれんそう)” の例文
近よって来た見馴れた鳩の指が芝生の露に洗われうす紅い菠薐草ほうれんそうの茎の色だった。雀も濡れたまま千鶴子の沓先で毬のように弾み上っていた。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
両人ふたりの「花園を護るものギャルディアン・ド・ジャルダン」に比べましたら、私の花馬車などは、蘭の前の菠薐草ほうれんそうのようなものでございます。
と茂十さんはまたお茶を入れ替えて、いかにも農家らしくお茶請けに菠薐草ほうれんそうのお浸しなぞを添えてくれた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
二皿目には菠薐草ほうれんそうと固く茹でた玉子が出た。ナヂェージダは病人だから、牛乳をかけたジェリーだった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ハムの赤い珊瑚礁さんごしょうがちらと顔を出していて、キャベツの黄色い葉は、牡丹ぼたん花瓣かべんのように、鳥の羽の扇子のようにお皿に敷かれて、緑したたる菠薐草ほうれんそうは、牧場か湖水か。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あたりを見まわしても、目のとどくかぎり続いているねぎと大根と菠薐草ほうれんそうの畠には、小春の日かげの際限なくきらめき渡っているばかりで人影はなく、農家の屋根も見えない。
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
但し菠薐草ほうれんそうはいけない、というので野菜のスープをホテルに注文いたしました。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
菠薐草ほうれんそう 九三・九一 二・三〇 〇・二七 一・六五 〇・五七 一・三〇
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
菠薐草ほうれんそうなどといえば、全く薬用という意味しかないらしい。
満洲通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
まないたの上に揃えた、菠薐草ほうれんそうの根を、くれないに照らしたばかり。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
菠薐草ほうれんそう——酸摸すかんぽっていうのはわたくしのことです。
あんずの罐を開き、とりの毛をむしり、麺麭パン屋へ駈けつけて、鶏の死骸が無事にパン焼竈やきかまどに納ったのを見届けて駈けもどり、玉菜ぎょくさいをゆで、菠薐草ほうれんそうをすりつぶし、馬鈴薯じゃがいもを揚げ、肉にころもをつけ、その合間には
菠薐草ほうれんそう——酸模すかんぽっていうのは、あたしのことよ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)