胃潰瘍いかいよう)” の例文
自分で胃潰瘍いかいようだという事を話して吐血前の容体を云おうとしたが声を出す力がなくて、その上に口が粘ってハッキリ云う事が出来なかった。
病中記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
先生は例の胃潰瘍いかいようの大出血後ずっと学校を休んでおられて、三年ぶりか四年ぶりかでやっと正式に大学へ出て来られたという時代であった。
それから一日二日して自分はその三人の病症を看護婦からたしかめた。一人は食道癌しょくどうがんであった。一人は胃癌いがんであった、残る一人は胃潰瘍いかいようであった。
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の胃潰瘍いかいようは極度に悪化し、日夜、死の危険におびやかされているとき、だしぬけに時の内閣官房長官西尾末広名儀めいぎによる追放令書が通達された。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
この話の進行中、友田喜造のいなかったことが、どれだけ、さいわいしたか知れない。友田は持病の胃潰瘍いかいよう手術のため、大阪の或る病院に入院中であった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そんなのでも村の人たちは酔を求めて浴びるようにのむから、山村の人たちの間では胃潰瘍いかいようが非常に多い。胃ぶくろにあながあいて多くの人が毎年死ぬ。
山の秋 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
後者は胃潰瘍いかいようを経過することが通例だ、つまり両者ともその部位にかつて傷創をうけている、傷創をうけて治癒するとき、そこに生ずる不完全細胞が
四年間 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
老夫婦はさっき方、胃潰瘍いかいようのあとが思わしくなくて、二度めの入院をしている娘婿を病院に見舞ってきたのだった。そして朝に晩に病勢の深まるらしい様子に気を重らしていた。
日めくり (新字新仮名) / 壺井栄(著)
ヒラメを連れて自分を引き取りにやって来て、父が先月末に胃潰瘍いかいようでなくなったこと、自分たちはもうお前の過去は問わぬ、生活の心配もかけないつもり、何もしなくていい、その代り
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そのじぶんにはただのつかえではないと気がついた。が、胃潰瘍いかいようの痛みでも、盲腸炎のでもないらしい。診察とは思ってももう遅くもあるし、頭を悪くした姉を夜中におこして心配をさせたくない。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
胃潰瘍いかいようとか胃癌いがんとかいう病気は刺撃性の物を好む人に多いともうします。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ツイこの頃軽い胃潰瘍いかいようの疑いで、Q大附属のこの病室に入院した。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
昭和九年私の父が胃潰瘍いかいようで大学病院に入院、退院後十月十日に他界した。彼女は海岸で身体は丈夫になり朦朧もうろう状態は脱したが、脳の変調はむしろ進んだ。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
この幼時に見た珍しい見世物の記憶が、それから三十余年後に自分が胃潰瘍いかいようにかかって床についていたときに、ふいと忘却の闇から浮かび上がって来た。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「友田の金棒引かなぼうひき奴、人間の皮かぶった畜生じゃ。胃潰瘍いかいようちゅうことじゃが、早く、くたばりやがりゃええのに」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
昭和九年私の父が胃潰瘍いかいようで大学病院に入院、退院後十月十日に他界した。彼女は海岸で身体は丈夫になり朦朧もうろう状態は脱したが、脳の変調はむしろ進んだ。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
ところが、その後間もなく自分は胃潰瘍いかいようにかかって職を休んで引籠ってしまったので、教室の自分の部屋は全くそのままに塵埃のつもるに任せて永い間放置されていた。
埋もれた漱石伝記資料 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
智恵子は到頭自宅に置けないほどの狂燥状態となり、一方父は胃潰瘍いかいようとなり、その年父は死去し、智恵子は転地先の九十九里浜で完全な狂人になってしまった。
自作肖像漫談 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
そのころから胃潰瘍いかいようにかかって絶えず軽微な内出血があるのを少しも知らずにいたのであった。
破片 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
友人鵜照うてる君、明けて五十二歳、職業は科学的小説家、持病は胃潰瘍いかいようである。
年賀状 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)