箱丁はこや)” の例文
貞之進は貰うのが何か訳分らずに首肯うなずいて居ると、名ざしの事なり貰えと云うからは、お馴染のことゝ婢は呑込んで、すぐに向河岸へ箱丁はこやを走らせた。
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
それにはすれ違う芸妓げいしゃでも箱丁はこやでも一人として知った顔がなく、一人として天下の西巻金平を問題にするものがありません。——みんな知らん顔でそばを通って行きます。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
箱丁はこやのパッチが、汗を拭き拭き、亥歳にちなんで盲目滅法に飛んで行く、まだ宵の口の金春町。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
銀子は自分持ちの箱丁はこやに、時々金を握らせていたので、栗栖の座敷だとわかると、箱丁も気を利かして、裏の家へ直接かけに来ることにしていたが親爺おやじは見番の役員なので
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わかいを二人招んで騒いでゐると、やがて対岸で竹法螺たけぼらが鳴りだし、箱丁はこやが芸者のお直しを交渉に来るのが道中往復に困難なため、いつも竹法螺を吹いて間に合はすのだと云ふ。
落語家温泉録 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
近所の箱丁はこやだの、中の妹のお里だのが、走ってきて、嫌応いやおうなく、連れ去った。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
列車が新橋しんばしに着くと葉子はしとやかに車を出たが、ちょうどそこに、唐桟とうざん角帯かくおびを締めた、箱丁はこやとでもいえばいえそうな、気のきいた若い者が電報を片手に持って、目ざとく葉子に近づいた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
残して在た一つの紙包を、箱丁はこやへと云て婢の前へ投るように出したゞけは、秋元の女房が与って力ある所で、お礼をと婢が促して小歌と共に改めて手をつかえた時
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
今度も相談相手は自分であり、後見のつもりで来てみたのだった。とると玄関の二畳にお配りものもまだいくらか残っていて、持ちにきまった箱丁はこやらしい男が、小菊の帯をしめていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
箱丁はこやじゃねえぞっ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悪い時に来たものとそろり/\元の路へ帰る向うに、代地の方から箱丁はこやに送られて橋を下る芸者は、どうやら小歌らしい趣きがあるので、さては今の声は別人か
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
今行ったかと思うと、すぐ後口がかかり、箱丁はこやもてんてこまいしていたが、三時ごろにやっと切りあげ、帰ってお茶漬ちゃづけを食べて話していると、すぐに五時が鳴り、やがて白々明けて来た。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)