わた)” の例文
中支の戦線で、ちょうど花期のさ中にあった一面のわたの畑を見出した時、ちょっとの間、故郷のネリ畑に立った錯覚におちたのである。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
鼻孔にはわたせんが血ににじんでおり、洗面器は吐きだすもので真赤に染っていた。「がんばれよ」と、次兄は力のこもった低い声で励ました。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
ひと年かふた年ぐらい裏の畑にわたを作ったことがあった。当時子供の自分の目に映じた棉の花は実に美しいものであった。
糸車 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
円筒から墜落する滝のわた。廻るローラー。奔流する棉の流れの中で工人たちの夜業は始まっていた。岩窟のような機械のやぐらが、風を跳ね上げながら振動した。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
鈴木三重吉すずきみへきち久保田万太郎くぼたまんたらうの愛読者なれども、近頃は余り読まざるべし。風采瀟洒せうしやたるにもかかはらず、存外ぞんぐわい喧嘩けんくわには負けぬ所あり。支那にわたか何か植ゑてゐるよし。
学校友だち (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この綿は、真綿まわた(絹綿)という説とわた木綿もめん・もめん綿)という説とあるが、これは真綿の方であろう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
幸い春でもあるし、要らなくなったわた入れを二千文に質入れして契約を履行した。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
兄夫婦とお増と外に男一人とは中稲なかての刈残りを是非刈ってしまわねばならぬ。民子は僕を手伝いとして山畑のわたを採ってくることになった。これはもとより母の指図で誰にも異議は云えない。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)