くま)” の例文
目の縁には黒いくまが出来た。声は干からびた喉から出るやうに聞える。一夜も穏に眠らない。その絶間の無い恐怖は、いたづらに無言の童を悩ますのである。
彼は妻の枕もとに近づき、蛾を追い払って、あかりを消す前に、まぶしそうに目をつぶっている彼女の眼のまわりの黒ずんだくまをいかにも痛々しそうに見やった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
唇がかさかさに乾き、痙攣的に震える眉の下から、薄黒いくまで縁取られてる眼が異様に輝いていた。
或る男の手記 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
渡辺は真面目まじめにその手をしっかり握った。手は冷たい。そしてその冷たい手が離れずにいて、くまのできたために一倍大きくなったような目が、じっと渡辺の顔に注がれた。
普請中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
眼の下にくろずんだくまができている、脂気のぬけたかさかさした皮膚、白っぽく乾いている生気のない唇、骨立って尖ってみえる肩など、思わずそむきたくなるほど悄衰しょうすいした姿であった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
(或曰、くまは韓語、或曰、くまはくまにて月の輪のくま也。)ただ狼という文字はあしきかたにのみ用いらるるならいにて、豺狼、虎狼、狼声、狼毒、狼狠、狼顧、中山狼、狼飡、狼貪、狼竄、狼藉
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
子供のやうに饒舌しやべり続けて縁にはまだくまのある目が赫いた。