やつ)” の例文
肌寒い春の夕がた私は停車場ステーションの柱によって千代子の悲愁を想いやった。思いなしかこのごろそのひとの顔がどうやらやつれたようにも見える。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
大変にやつれて居るわ。私達の独逸語を習いたい事を話したら、笑って、——つまらない事だ、斯んな国の言葉を憶えたって役に立たないでしょう。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
貧にやつれ疲れ、とげとげとぎたった血の気のない頬にともしい笑いをうかべながら、じろりと閣室を見あげて行く。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
が、年若な求馬の心は、編笠にやつれた顔を隠して、秋晴れの日本橋にほんばしを渡る時でも、結局彼等の敵打かたきうちは徒労に終ってしまいそうな寂しさに沈み勝ちであった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今もなお懐中せる今朝の写真に心附けば、やつれ果ててその面影は無けれども、ばかりたる処あり。さては下枝のいかにしてか脱け出でて来しものにはあらずや。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言って弟は私のやつれた顔にちょっと視入みいったが
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
今朝東京なる本郷病院へ、呼吸いき絶々たえだえ駈込かけこみて、玄関に着くとそのまま、打倒れて絶息したる男あり。年は二十二三にして、扮装みなりからず、容貌かおかたちいたくやつれたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
病気をしたあとのように、痛々しいほど顔がやつれ、鹿のような大きな眼が、涙に濡れて光っていた。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あたまごなしにやりつける身分になったが、ひっこみ思案のところへ、苦労性ときているので、権勢の重石おもしにおしひしがれ、失策ばかり恐れて、ほとほとにやつれてしまった。
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
わたくしと同じ様に、さぞ今ではやつれて、とほろりと涙をうかべつつ
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吉之丞もやつれて、なんということもなく庄兵衛のそばに坐りこむと、庄兵衛は慰め顔で
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
手きびしくやりつけておいて、やつれの見える美しい小さな顔を伊沢のほうへむけると
雪間 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いちいち仔細に書きつけてあるのでやつれてしまった。
予言 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ひどくやつれて東京へ帰ってきた。
春雪 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)