布片ぬのきれ)” の例文
しかもその兵隊達はみんな、無茶先生の香水を嗅がせられてくしゃみの出ないように、鼻の上から白い布片ぬのきれをかぶせて用心をしています。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
そこには数人の武士がいたが、その一人がつと進むと、やにわに姫を抱きかかえ、手に持っていた布片ぬのきれを、被衣越しに鼻へあてた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お雪は帯の間から、これも目のさめるほどな紅絹もみ布片ぬのきれを取り出して、その獣に向って振ると、眼をクルクルして、いつまでもそれを見ている。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
振子の上に布片ぬのきれを幾重にも捲き、その先の剣針を歯齦はぐきの間に置いて、狙いを定めくらの咽喉のど深くにグサリと押し込んだ。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして考えつかれるとやっと縫物をはじめるのだ。海苔のような布片ぬのきれしゃくるようにして、暗い糸を通したりしていた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
マルタンの命令により、組員はかわるがわるボートに乗り、沖合の難破船へぎつけては、船に残っている食糧や布片ぬのきれや器具などをボートにうつして持って帰った。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まず畑のまわりには繩を引廻ひきめぐらして、これに紙のシデがそちこちに垂れてあり、竹の棒も幾本か立ててあって、これにも布片ぬのきれを下げ、またかの焼きかがしを設けている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
戦地の寒空の塹壕ざんごうの中で生きる死ぬるの瀬戸際せとぎわに立つ人にとっては、たった一片の布片ぬのきれとは云え、一針一針の赤糸に籠められた心尽しの身にみない日本人はまず少ないであろう。
千人針 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
が、たまに停留場で待ち合わして居る乗客の中に、一人位黒い布片ぬのきれで、鼻口を掩うて居る人を見出した。自分は、非常に頼もしい気がした。ある種の同志であり、知己であるような気がした。
マスク (新字新仮名) / 菊池寛(著)
改札口に近い右手の片隅には、青いネルの布片ぬのきれに頬冠りをして毛布で身体からだを包んだ老婆が、シッカリとバスケットに獅噛しがみ付いて眠っていた。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ポチが吠えたてる方角を見ると、玉太郎の扉筏よりもやや南よりに、やはり筏の上に一人の人間が立って、こっちへむかってしきりに白い布片ぬのきれをふっていた。距離は二三百メートルあった。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
古びた赤縞綿ネルの布片ぬのきれの頬冠りから、眼と口をシッカリと閉じたしかめ顔から、剥げチョロケた紺小倉の制服から、半分脱げかかった藁靴の爪先まで一面に、微細な粉雪が霜のように凍て付いて
眼を開く (新字新仮名) / 夢野久作(著)