宅中うちじゅう)” の例文
それでも宅中うちじゅうで一番私を可愛かわいがってくれたものは母だという強い親しみの心が、母に対する私の記憶のうちには、いつでもこもっている。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それに宅中うちじゅう陰気でね、明けておくと往来から奥のまで見透みとおしだし、ここいら場末だもんだから、いや、あすこの宅はどうしたの、こうしたのと、近所中で眼を着けて
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくは宅中うちじゅうに玩具箱をひっくり返して、数を尽して並べても「真田さなだ三代記」や「甲越軍談」の絵本を幼い手ぶりでいろどっても、陰欝いんうつな家の空気は遊びたい盛りの坊ちゃんを長く捕えてはいられない。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
下女が心得て立って行ったかと思うと、宅中うちじゅうの電灯がぱたりと消えた。黒い柱とすすけた天井でたださえ陰気な部屋が、今度は真暗まっくらになった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は早速さっそくその家へ引き移りました。私は最初来た時に未亡人と話をした座敷を借りたのです。そこは宅中うちじゅうで一番へやでした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はこの黒猫を可愛かわいがってもにくがってもいない。猫の方でも宅中うちじゅうのそのそ歩き廻るだけで、別に私のそばへ寄りつこうという好意を現わした事がない。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
変ったと云っても普通のものがただ縮れて見立みだてがなくなるだけだから、宅中うちじゅうでそれを顧みるものは一人もなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
反対に、お貞さんの方の結婚はいよいよ事実となってあらわるべく、目前にちかづいて来た。お貞さんは相応の年をしている癖に、宅中うちじゅうで一番初心うぶな女であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)