“塩原多助”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
しほばらたすけ50.0%
しおばらたすけ50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
国(くに)へ帰(かへ)つて田地(でんち)を買ふ約束をしたり、家(いへ)を建(たて)る木材(きざい)を山から伐(き)り出(だ)すやうにしたり、ちやんと手筈(てはず)を付(つ)けて江戸(えど)へ帰(かへ)つて来(く)ると、塩原多助(しほばらたすけ)が死(し)んでゐた。
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
其中(そのうち)に誂(あつら)へた御飯(ごはん)が出来(でき)ましたから、御飯(ごはん)を食(た)べて、其(そ)の過去帳(くわこちやう)を皆(みな)写(うつ)してしまつた。其(そ)の過去帳(くわこちやう)の中(うち)に「塩原多助(しほばらたすけ)養父(やうふ)塩原覚右衛門(しほばらかくゑもん)、実父(じつぷ)塩原覚右衛門(しほばらかくゑもん)」
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
すると、われわれは山川草木を愛していたとその同じ心でボイラーを愛しエンジンを磨く。昔は塩原多助(しおばらたすけ)が馬のために泣いたが、今はキートンが機関車と別れを惜(おし)む。