向河岸むこうがし)” の例文
私の今住んでいる向島むこうじま一帯の土地は、昔は石が少かったそうである。それと反対に向河岸むこうがしの橋場から今戸いまど辺には、石浜という名が残っている位に石が多かった。
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
春「まアい、仕方がないが、家鴨しゃもばかりでは喰えねえ、向河岸むこうがしへ往って何かさかなを取って来たまえ」
水ぎわには昼でも淡く水蒸気が見えるが、そのくせ向河岸むこうがしの屋根でも壁でも濃くはっきりと目に映る。どうしてももう秋も末だ、冬空に近い。私はあわせの襟を堅く合せた。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
向河岸むこうがしへつくと急に思出して近所の菓子屋を探して土産みやげを買い今戸橋いまどばしを渡って真直まっすぐな道をば自分ばかりは足許あしもとのたしかなつもりで、実は大分ふらふらしながら歩いて行った。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
其の内船は漸々よう/\向河岸むこうがしへ着きましたが、勇助はまた泳ぎ付き、舷へ手を掛け、船の中へ飛上ろうとする処を、喜代松に水棹を以て横に払われ、バタリと倒れたが
どの船からという事もなく幽暗なる半月はんげつの光に漂い聞ゆる男女が私語ささやきの声は、折々向河岸むこうがしなるしいの木屋敷の塀外へいそとからかすかに夜駕籠よかごの掛声を吹送って来る川風に得もいわれぬ匂袋においぶくろを伴わせ
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
向河岸むこうがしの空高く突立っている蔵前の烟突えんとつを掠めて、星が三ツも四ツもつづけざまに流れては消えるのをぼんやり見上げながら、さしずめ今夜はこれからどこへ行こう。新橋はもう縁が切れている。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いつもならば向河岸むこうがしの屋根を越して森田座もりたざのぼりが見えるのであるが
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)