兀然こつぜん)” の例文
畳の上へ兀然こつぜんと立って、まるで怒ってでもいるように、飛び脚を高くかぎのように曲げて、蟋蟀は気勢をうかがっている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おのおの静に窓前の竹の清韻せいいんを聴きて相対あひたいせる座敷の一間ひとま奥に、あるじ乾魚ひものの如き親仁おやぢの黄なるひげを長くはやしたるが、兀然こつぜんとしてひとり盤をみがきゐる傍に通りて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
こう二大敵国をめぐって、それに連鎖れんさする山陰の波多野はたの一族や、播磨の別所や、伊丹の荒木村重などの群れが、兀然こつぜんと、いまはその敵性と一環の聯絡とを
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その日の帰りに、千束町を出ると夜暗よやみの空に、真赤なもやがたちこめて、兀然こつぜんと立ちそびえている塔が見えた。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
遥かの空に白雲とのみ見つるが上に兀然こつぜんとして現われ出でたる富士ここからもなお三千仞はあるべしと思うに更にその影を幾許の深さに沈めてささ波にちぢめよせられたるまたなくおかし。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)