“あきのぶ”の漢字の書き方と例文
語句割合
顕信100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
輔佐ほさには、顕家の弟、顕信あきのぶ陸奥むつの鎮守府将軍にのぼせ、また、結城ゆうき宗広をも付き添わせて、ここに、東下の軍勢が、再編成されたのだった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
親房ちかふさの第二子顕信あきのぶの子守親もりちか陸奥守むつのかみに任ぜらる……その孫武蔵むさしに住み相模さがみ扇ヶ谷おうぎがやつに転ず、上杉家うえすぎけつかう、上杉家うえすぎけほろぶるにおよびせいおうぎに改め後青木あおきに改む
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
雅家まさいえ北畠きたばたけと号す——北畠親房きたばたけちかふさその子顕家あきいえ顕信あきのぶ顕能あきよしの三子と共に南朝なんちょう無二の忠臣ちゅうしん楠公なんこう父子と比肩ひけんすべきもの、神皇正統記じんのうしょうとうきあらわして皇国こうこくの正統をあきらかにす
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
北畠親房は、吉野で何かを策しており、四条隆資たかすけは、しきりと、和泉河内の残兵をかりあつめ、また親房の一子顕信あきのぶも、伊勢で戦備をすすめているということです。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、これを境に、時局は重大な転機をきたして、北畠顕信あきのぶっていた男山も七月に入って陥落し、摂津河内の拠点は、あらまし、足利方のめる所となってしまった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも、この優勢に加えて、顕家の弟、北畠顕信あきのぶもまた、男山おとこやまに進出していた。その男山八幡の上からは洛内の屋根も見える。「官務記」がしるしたことも、あながち誇張ではなかったろう。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)